domino
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 まさか、2日も続けてこのフェラーリを眺める事になるとは夢にも思わなかった。そして、吉原先輩の言った一言が頭から離れなかった。あれだけ喧しかった和田さんが、今はひっそりと会社に来ていつの間にか帰っている、そんな生活を見ているだけに足取りも重かった。
 面倒見の良い先輩の事だから、注意しろと言うつもりで言ったのだろうけど、今はその先輩の優しさが恨めしかった。
 「プリンス日本の大河内と申します。鈴木社長はいらっしゃいますか。」
 昨日と同じでこの一言を言うまでに5分もかかってしまった。
 今日は曇りガラスの壁がある応接室に通された。
 扉が開くと同時に社長の口も開いた。
 「わざわざ来るという事は良い返事だと思って良いのかな。いくら出すね?」
 この一言に言葉が詰まってしまった。いくらどころか、スポンサーになる事すら怪しい状態でどう答えて良いのか、短い時間の中で賢明に考えていた。そして、心の中のどこかであの声が聞こえてくる事を祈っていた。
その願いが聞こえたのかあの声が聞こえてきた。しかし、その言葉は口に出すのを躊躇させるものだった。
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