悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
「もう…ダメ」


「ダメなものか…こんなに淫らに誘って

るくせに…もっと……もっと俺を欲しが

れ…(そして、俺から離れられない身体に

なればいい)」


最後の言葉は、薄れていく意識のなか聞

こえたような気がした。


目覚めれば、あの日ように私を抱きしめ

彼は眠りについている。


今回は、がっしりと抱きしめられ逃げ出

すわけにもいかず、どうしようかと戸惑

っていれば気配に気づいた彼が目を覚ま

した。


「……おはようございます」


「あぁ…」


彼は体を起こし時計を確認する。

今日は、土曜日といえ帰国したばかりの

副社長の彼には休みなんてないのと同じ

だった。


「……シャワーを浴びてくる」


虚ろな声で立ち上がり、浴室へと消えて

いった。


その間に、床や椅子の上に散らかった服

たちを拾い、ついてしまったシワが取れ

るわけじゃないがハンガーにかけシワを

伸ばした。


腰にタオルを巻いて濡れた髪で出てくる

彼は、最初に会った時のように爽やかに

微笑んだ。


この笑顔に心を奪われ、どこの誰か知ら

ずに体を重ねたのだと思い出す。


「目が覚めたよ。胡桃も浴びておいで…




優しい声で話しかけてくる。


昨日までの威圧的なあなたはどこへ行っ

てしまったの⁈


本当のあなたは、どっちなのだろう⁈


「……はい、ありがとうございます。副

社長のタキシードはハンガーにかけてあ

ります。…私は後から帰りますので先に

お帰りください」


彼の表情が変わると近づいてきて顎を掴

まれる。


「…お前は、俺を煽るだけじゃなく怒ら

せるのもうまいみたいだな」


「……」


何が彼を怒らせたと言うのだろう⁈


「わかっていないみたいだな…」


頷く代わりに一度、目を閉じた。


「まだ、時間はある…わからせてやるか

ら来い…」


恐ろしい宣言とともに、浴室へと向かい

温かいシャワーの下で乱される。


優しく抱くくせに意地悪く囁く。


「何が悪いか言ってみろ」


彼が何に怒っているのかわからないから

こんなことになっているというのに……


「……私が、副社長と別に帰るといった

からですか?……ツッ」


その瞬間、肩に痛みがはしる。


彼が、歯で肌を噛んだのだ。


瞼の奥にパシパシと光が刺さり、痛みが

はしる。
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