Love nest~盲愛~


「もういいのか?」

「えっ?」


困惑する私のもとに彼はゆっくりと近づいて来た。

そして、腕時計を見て一言。


「約1時間」


私が彼に気付かなかった時間?

そういう事………なのよね?


ほんの少し口角を上げて、一歩、また一歩と近づく彼。

その威圧感に圧倒され、私は無意識に後退りしようと。


「あっ……」


窓際のソファに座っていた訳だから、当然逃げ場なんて無いのに。

行き場を無くした私の身体は、先程まで寛いでいたソファに沈み込んだ。

そして、そんな私の目の前まで来た彼は、私を無言で見下ろした。


1時間も待たされたというのに、怒っている様子は見受けられない。

というよりも、怒りを通り越して、罰を与えよう……そんな眼をしている。

嘲笑うような、どこか愉しんでいるような表情を浮かべる彼。

無言なのが、返って恐怖心を煽る。


胸元に詩集をギュッと抱きしめ、小刻みに震え出すと。

絶体絶命と言わんばかりに大きな影が降って来て、骨ばった長い指先が私の顎を捕らえた。

そして、クイッと顔を持ち上げられ、黒曜石のような漆黒の瞳と視線が絡まった。


「おい、ご主人様が帰宅したのに、挨拶も無いのか?」

「ッ!!」


片眉がピクリと動き、更に口角が持ち上がる。

責められているのにもかかわらず、久しぶりに間近で聴く彼の声音に左胸がトクンと反応した。

甘美なバリトンボイスと共に煙草の香りが降り注ぐ。


「おっ、お帰りなさいっ」


< 52 / 222 >

この作品をシェア

pagetop