小路に咲いた小さな花
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桜の時期は終わって、春らしい色合いの花が増えてきた。

春の花はどことなく可憐で、どことなく華やか。

夏の花も賑やかでいいけれど、春の花は昔から好きなんだよね。

喜美ちゃんはとっくに帰り、後はシャッターを下ろして、レジを締めて……

そんなことを考えながらシャッターを閉めようとしたら、

「ただいまー」

そう言いながら、普通に店に入っていく敬介。

「…………お帰りー」

一応、言ってからシャッターを閉める。

「今日は井ノ原さんいる?」

「親父様は出掛けてる」

「そっか。じゃ、ご飯食べに行こう」

敬介は最近“うち”に帰ってくるようになった。

何がどうしてこうなったんだろう。

たぶん、きっかけは親父様なのよ。

毎朝“いってきます”を言う敬介に向かって、“お帰りも言ってもらえ”とか言ってくれちゃって。

その日から敬介は、まずうちに帰ってくるようになった。

まぁ、晩ご飯を食べに来て、結局は帰るだけなんだけどさ。

何かがおかしいって言うか。

さすがに残業で遅くなった日はうちによらずに、古本屋さんにまっすぐ帰ってるけど……

「今日はカレーライス作ってあるよ?」

「え。あー……でも、井ノ原さんいないんだろ?」

「いないけど」

「……俺に襲われてもいいなら、ご馳走になろっかな」

そう言って、自宅スペースに上がり込む敬介。

……最近は、こんなことも言われ慣れて来たよ?

解ってるわよ。男をうちに上げるなら、それなりに警戒心持てって言いたいんでしょ?

だいたいね、勝手にうちに上がってる貴方の台詞じゃないと思うのね。

そこまで私も無意識じゃないし!

幼馴染みの関係から、ちょっと進歩して“付き合う”ようになった。

けど、だからって何かが劇的に変わるって訳でもなかった。

それでも、変わった事もある。

レジ締めを終わらせて、金庫に売上金を閉まって、セキュリティさんを作動させてから自宅ドアの鍵も閉める。

「敬介くん」

「え。敬介“くん”?」

スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩めていた敬介が、驚いて振り返った。

「私、家じゃ嫌よ?」

ニッコリ囁けば、驚いた顔で固まる。

たまには反撃される事も考慮に入れてくださいませ。

言われるくらいで狼狽える時期は……たぶん過ぎた。

たぶん。

だけど、キッチンに向かい食器棚からカレー皿を取り出して、炊飯器の蓋を開けたところで、やっぱり後ろから吹き出される。

「耳まで赤くなって言われてもなぁ」

「そこは言わないでよ!」

「言うよ。基本的に好きな女はからかうのが男の常識」

「敬介の常識でしょうが。そんなにからかいあってる恋人同士なんて見たことないからね!」

「それは外面の話だろ」

まぁ、そうかもしれない。

恋人同士のからかいあいなんて、端から見たら単なるイチャイチャだし。

そんなことを人目につくところでしていたら、“バカップル”とか、そう呼ばれるんだろう。

考えながら、ご飯をよそって、振り返ると、腕捲りして手を洗っている敬介がいた。

「手伝う」

「手伝うって、カレーかけるだけなんだけど……」

「きっとサラダも作ってると思うから、彩菜はそっちよろしく」

サラダを作ってるって、どうして解ったんだろう。

ぼんやりしていたらカレー皿を奪われて、仕方がないので冷蔵庫に向かった。

キャベツとプチトマトのシンプルサラダ。

それと福神漬けを取り出して、カレーライスを並べている敬介を向いた。

「ドレッシング。和風とオニオンがあるけど、どっち?」

「オニオンがいいな。彩菜は水いる?」

「あ。コップだけでいいよ。お水のペットボトルある」

「了解」

そう言いながら、敬介は食器棚からグラスを持ち、ついでみたいにサラダを受け取ってテーブルに戻っていく。

……手伝う事が当然みたいになってる。

私、何かしたかな?

ペットボトルとドレッシングだけ持って、テーブルにつくと、

「彩菜、スプーン」

「ありがとう」

スプーンを受け取って首を傾げる。

「私、大変そうにしてた?」

「なに。突然」

「え。いきなり手伝ってくれるから」

「はい?」

お互いにハテナを浮かべて首を傾げる。

「ああ……」

先に気がついたのは敬介だった。

「食事のときに運ぶのは、うちじゃ当然だっただろ。洗い物はやんなかったけど」

「そう……だった?」

古本屋さんでご飯はよく食べたけど、運んだりしてたかな?

「うん。ああ、でも彩菜はやらなかった。俺がやってたから」

「そうだった?」

「さすがにあんなチビっ子に重い皿運ばせる程、うちの母親もオニじゃないから」

「ママさんの教育の賜物かぁ」

「ま、そういうことかな。じゃ、いただきます」

「どうぞー」

そして敬介はカレーライスを一口食べ、何故か奇妙な顔をして固まった。
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