元教え子は現上司
 鏡の前、真っ赤な目をしてこちらを見る自分を睨みつける。ファンデーションを叩いたらその分だけよれて見えるのはなぜだろう。昔はこんなことなかった。ほんの数年前までは。

 おととしはまだ二十代だったのに。二十代という響きが永遠に手に入らなくなってしまった。その事実を思うとき、時折あーと心が騒ぐ。いつもじゃないけど、五回に一回くらいは。

 前に見た雑誌で女優言っていた。三十代は楽しい、むしろ二十代のうちから、早く三十代になりたかったと。

「そんなの絶対嘘だ」

 口紅を引きなおしながら呟いた。数年前から使ってるシャネルのピンク。もう碧には甘すぎるかもしれない。年齢とファッションは関係ないと抗うこともできるけど、あのひとイタくない? なんて言われたらどうしようと恐くなって、身につけたい色を少しずつ捨てていってる。

 同年代の友だちが自分より派手でも地味でも落ち着かない気分になって、アラフォーだって開き直ることも、二十代の若さで押し切ることもできない。なんとも中途半端な年齢だと思う。

 フーッと細くて長い息を吐く。まだ熱っぽい自分の目を閉じて、開いた。手元の腕時計に目をやる。十五分。休憩には長すぎる時間だ。
 脅えたような顔で話しかけてきたさくらんぼちゃんを思い出す。続いて暁。ユナ。みんな若い。恋愛でジタバタしているのが似合う。

 あの子、私のことはハナっからライバルに数えてなかったもんなぁ。

 苦笑する。もう涙は出てこない。おもいきり泣いた後のふしぎと爽快な感覚が体を満たしている。おぼえがある、このデトックスされたような感じ。歳をとると、だんだん涙との付き合い方もわかってくる。

「仕事しよ」
 呟いてトイレを出た。仕事まで失うわけにはいかない。恋は失っても、生きていけると知っている。でも仕事がないと今月の家賃が払えない。それはバカらしいほど切実で、ときおり碧を守ってくれる現実だ。

 フロアに戻ると、シマにはだれもいなかった。暁のデスクと、そのすぐ隣に寄り添うようにあるユナのデスク。苦いものがこみあげる前に目をそらすと、碧のパソコンに貼られた薄い黄色の付箋に気がついた。

 A会議室で打ち合わせやってます。

 やたら丸っこい字でそう書かれた付箋を足元のゴミ箱に捨てて、碧はきびすを返した。

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