元教え子は現上司
「ご担当者の方は中村さんというと、前任者から伺っていましたが」
 暁が交換したばかりの名刺を見ながら尋ねると、
「彼は新規営業の窓口でして、契約後の決裁権限はこちらにあるんですよ」
 暗に前任者よりも立場が上だと示した小川に、暁がどう思ったのかはわからない。そうなんですね、という平坦な口調からはなんの感情も読み取れなかった。

「久松先生はよくご存知のように」
 会議室というより応接室のような室内で、ソファに身を沈めるなり小川は笑いを含んだ声で言った。

「ウチはこの業界で最大手として教室を運営しています。ただ、どうしても個別指導が良いという親御さんもいらっしゃる」
 一人一人の生徒に目を配る姿勢を打ち出す個別指導型の塾は、業界でも右肩上がりの人気を見せていた。対して紅林学院は学校のように大人数の生徒を一人の講師が担当する。実績と規模では業界一位と言われる紅林学院も、個別指導塾の追い上げを無視することはできないという。

「ウチでも、個別指導型と変わらない受講スタイルが可能ということを、受験生や親御さんにアピールしたいんですよ。その一つの方法として、eラーンニングの導入を決定しました」
 小川はそう言って上機嫌に足を組んだ。
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