エリート室長の甘い素顔
 悠里が大きなため息を吐いたとき、玄関のチャイムが鳴った。

 今日は、土曜日。

 仕事をめいっぱい持ち帰った悠里は、ダイニングテーブルの上にノートパソコンと書類を広げている。

 母と弟は朝から一緒に病院へ行っていた。


「はーい、お待たせしました」

 いつもの調子で相手を確かめもせずに玄関のドアを開くと、目の前には綺麗に磨かれた革靴に細身のストレートジーンズの裾。

 顔を上げれば、少し驚いた様子の安藤が立っていた。

「え……安藤さん?」

「びっくりした。いきなり出たら危なくない?」

 目を丸くしたままの悠里に、安藤は小さなケーキの箱を差し出す。

「お見舞いだよ。これは、悠里さんに」

「……私?」

 呆けていると、安藤は口元に穏やかな笑みを湛えてうなずいた。

「仕事してるんだって? さっき病院にお邪魔して、お母さんと海里くんに会ったよ」


 ダイニングテーブルの書類とパソコンを簡単に片付けて中を見られなくしてから、安藤をリビングに通した。

 一人きりの家に上がらせるのを躊躇う気持ちもあったが、彼に対する信用のほうが上回った。

 この辺は古い家の並ぶ密集地で、多少大きな声を出せば、誰かしらが何事かと覗きに来るような場所でもある。

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