Season in love
April

さくら









雪が溶け、優しい陽光が差す、浮遊した思いになるこの季節。



念願の農業高校に合格した私は、新しい制服に身を包み、これから入学式が始まる学校の校門を潜り抜けながら、自分の生い立ちをしみじみと思い返していた。







田舎の農家に生まれた私は、小さい頃から両親の畑の仕事を手伝うことが多かった。


─────────────────────

春に野菜たちの種をひとつひとつまき、日を増すにつれて大きくなっていく姿を見守り、夏や秋には実りに実った野菜たちを収穫する。

─────────────────────


その過程は、優しいペットを飼っているようで、一生懸命生きる自分の家族をすぐ側で眺めていると、なんだか元気をもらって……………………




ボトッ





──────え?



自然に足を止める。

物思いにふけっているところ、突然肩の上に何かが落ちたのを感じたと同時に、何かすごく嫌な予感を察知した。




半分………いや、かなり警戒して横目でじっと肩をみると、そこには私の大嫌いな虫の中で、特にこの世から消滅してほしいと思う強敵“カメムシ”が………………………


……………………………………。



全身に寒気がして、頭が混乱する。




(入学早々あの子カメムシに憑かれちゃってる……かわいそう………)とか(うわっ!臭いにおいうつっちゃうじゃん!)とか思われて、第一印象“カメムシ女”になっちゃったらどうしよう!?

あ、でも万が一あいつが独特の気持ち悪いにおいを放っちゃったら、制服についちゃうし今日1日中カメムシの香水をつけてることになっちゃうよ!!!!

くさいって言われてこの先の高校ライフ、ずっと友達できずに1人だったら…………いやーーーーーーー!!!



その時だった。


「君、動かないで。」


急に後ろから男の人の落ち着いた声がして、ガムテープのようなものが肩に触れた。




「はい、いなくなったよ。」



その声と同じタイミングで声のするほうへと振り返ると、そこにはネクタイの色が違う男の人が立っていた。



やはり肩にいるカメムシに貼り付けたのは、ガムテープだった。


男の人はそのガムテープを丁寧に折り畳み、近くのゴミ箱の中へと置くように入れた。




背がとても高く、短髪のあまり表情の変わらない凛とした顔立ち───────彼の顔にはどこか見覚えがあった。





『……あれ?村上先輩……ですよね……?』






「あ、水野ちゃん……だっけ。同じ部活だった」






村上先輩は中学時代、バドミントン部の期待のエースだった。




当時、先輩は3年生で私は1年生だったため、あまり関わりはなかったが、何故か先輩は大人しく目立ちもしない私のことを覚えていてくれたらしい。


そのことに少し疑問を感じつつ先輩を正面から眺めると、彼が相変わらず格好良く輝いて見えた。







さっきまで考えていたことも忘れ、私はじっと彼の瞳を見つめてしまっていた。



彼も無表情で私を見て、私たちは2人だけの世界に入ったように互いを見つめ合った。




思えば、中学の時もこうやって向かい合うことも近くでもなかったけれど、先輩をずっと見ていた気がする。



好きか憧れの狭間で、懸命に活躍する彼を。

汗だくになって闘う彼を。

人の倍以上に努力を重ねる彼を……………。





「あ、ちょっと待って」





そう言うと村上先輩は私の側に寄り、知らぬ間に私の髪に引っかかっていた桜の花びらを優しくゆっくりととる。



先輩の手が髪に触れていると思うと、心臓がトクトクと音を鳴らした。






彼にこの脈の速さが伝わってないか、しばし不安と緊張が私の体を襲う。




事が終えると、先輩は一歩下がり、風とともにその花びらを指先から離した。




『すみません……色々とありがとうございます』




「虫は農業をする上で沢山出てくるから、慣れておいたほうがいい」





────────!!

初めて先輩からアドバイスをもらったことがとてもうれしく感じた。






『は、はい!………頑張ります!』





顔を強ばらせながらも私はこの大好きな農業を学んでいくためにも、大嫌いな虫に立ち向かおうと心の中で決意した。


これから始まる学校生活に不安よりも希望が大きくなった気がした。





「あ…………あと」





『何ですか?』と言おうとした途端、今まで以上の近距離になる綺麗な顔立ち。



ドキッとなりながらも必死に先輩の声に耳を傾ける。





私の耳元に口を近づけた彼はこう囁いた。








「桜のにおいのシャンプー…………俺、すごく好き………かも」










え?、と間抜けな声が口からこぼれたときには彼はいつの間にか私の側から離れ、校舎のほうへ歩いていた。



その時、少し照れくさそうに頭をかく仕草をしていたのを私は見逃さなかった。








これから楽しい学生生活が始まりそうと確信した私は、入学前よりも清々しい気持ちで新たな学び舎へと向かった。





先輩の通った道には桜の花びらがひらひらと飛んでいた。



End.
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