結婚前夜ーー旦那様は高校生ーー
 悠樹は義父の車から降りて式場を見上げた。春の日差しに白い建物が輝いている。ちょうど式が終わったところなのか、着飾った女性やスーツを着た男性がまとまってばらばらと建物から出てきた。中にはハンカチで目元を抑えている人たちもいる。感動的な式だったんだろう。

 明日は、自分たちの番だ。

 ドキンと心臓がひとつ跳ねた。おもわず胸に手をあてる。
夏帆と会う前は、悠樹はどんな場面でも緊張したことがなかった。緊張っていうのは、立ち止まった人間だけに起こる現象だとおもっていた。だから大きな大会の前だって、緊張なんてしない。いつもなにかを感じる前に動き出して、それで失敗してもいいとおもっていた。

 だけど、夏帆に会ってからはちがう。

 後部座席から出てきた夏帆がダンボールを抱えて建物を見上げる。風が夏帆の髪をかきあげて、建物を見るその頬は紅潮している。明日にせまった結婚式を実感して、緊張してるようにもウットリしてるようにも見える。

 きれいだ、とおもった。
 ドレスを着てなくても、夏帆はとてもきれいだ。
 
 はじめて会ったときからそうおもってた。いや、正確には二回目の出会いか。初めてのときは暗かったし、寝起きだったしでろくに顔も見てない。
 それでも翌日会ったときにしっかり記憶と結びついたんだから、本当はずっと意識してたのかもしれない。

 自分より十歳年上のひと。年齢を聞いても、あまり気にならなかった。ダンススクールに行けば、自分とひと回りもちがう講師や生徒がいくらでもいるし、大会ではもっと肉食系ってかんじの女の人を沢山見てきた。    

 夏帆は今まで悠樹が見てきた女の人たちと全然ちがった。見た目は繊細なガラス細工でできた人形みたいにきれいなのに、笑った顔は同級生より幼く見える。そう、夏帆が悠樹のダンスを見るときの表情が好きだった。とても嬉しそうに笑うんだ。
 ダンススクールに行く前に練習をしてたのは本当だけど、スクールだって毎日あったわけじゃない。それでも、いつも同じ時間にあの公園で練習するようにしてた。そうすれば会えたから。

 夏休みが終わって、夏帆の昼休みに合わせて公園に行くことができなくなった。それでも一度だけ行ってみた公園で空っぽのベンチを見たとき、自分の気もちがわかってしまった。
 あんな経験ははじめてだった。どれだけ音楽を聴いて踊っても、いつものように音の中に溶けていくあの感覚がつかめない。自分のなかに、ちがうリズムが生まれていた。

 携帯を手にして考える。悠樹はもともとベラベラしゃべるほうじゃない。だけど踊ってるときはちがう。腹の底からつぎつぎと言葉が生まれて、それが体を通って外に飛び出る。
 自由で壮大で爽快だった。

 それにくらべて、掌サイズの携帯の中に、文字として思いを伝えるのはなんて難しいんだろう。文章を何度も作っては消して、最後はやけっぱちだった。だけど返事が来るなんて、その日に夏帆が自分のところに来てくれるなんて、おもってもみなかった。

 はじめて触れた夏帆の体は柔らかくて、いい匂いがした。夏帆が雨で濡れていたことも気づかないくらい朦朧としていたけど、自分以上にとまどってる夏帆を見て、それまでよりもっと体の芯が熱くなった。
夏帆の胸から鳴るカウントを数える。速い、速いビートを刻んでる。自分の鼓動と重なって、今まで知らなかったリズムを生む。一つになった夏帆が体の下で笑ったとき、はっきり思った。

 このひとが好きだ。

 こみあげてくる思いは熱く強烈で、悠樹を溺れさせた。
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