続 音の生まれる場所(下)
「街中に劇場が点在してるんだ。そこでは毎週末にコンサートやオペラがあって、生の演奏が聞けるんだよ。だからいろんな所を回ってた」

楽器作りの為にいい音を聞きに行く。コンサートやオペラは、楽器作りには随分役立ったらしい。

「ぞ、ぞうですが…」

走り出すチャリ。彼の背中につかまりながら、ドイツでのことを思った。

(私が週末スポーツやってたように、坂本さんもコンサート行ってたのか…。そうだよね。修行だけじゃないよね…)

ユリアさんと?…とつい考えてしまう。行ったこともない国で、仲良く腕を組んで歩く二人の姿が思い浮かんだ…。

(…今は…こうして手の届く所にいるのに…)

ぎゅっと力を込める。
どこにも行かないと約束してくれたのに、彼がまた遠くに行ってしまいそうでなんだか恐い。

(行かないで…)

とん…と頭を凭れて目を閉じる。少し速い動悸が聞こえる。
チャリ…漕いでるせい…?


「…そろそろ着くよ」

声にハッとする。歩いて10分程度の道のり。あっという間だ。

「ありがどうございばしだ…」

最後まで鼻づまり。ホントついてない…。

「気をつけて。週末までは日もあるから体調整えて観に行こう。君に会いたがってる人もいるから」
「えっ…?」
「じゃあ…」

チリリン…とベルを鳴らして去ってく。私に会いたがってる人がいる人って言ってた。…誰…?やっぱりドイツ人…?
女の人?もしかして向こうの恋人とか?
…良からぬこと想像ばかりする。具合が悪いとロクな事考えない。



「ただいば戻りばしだ…」

編集部のドア開けて給湯室に直行。目薬と点鼻薬、ソッコー差さないと仕事にならない。


「おかえり。坂本さん何か言ってた?」

デスクに近寄ると受話器を置いた三浦さんが振り向いた。

「文面の直しば無いそうです。でぼ、あの…握手の写真ば載せないで欲しいっで言われで…」

ゲラを返しながら言う。

「そう?これよく撮れてるんだけどな…」

ペラッとページめくる。

「ど…撮れでないですがら…!」

慌てて反論。ヤバイ、私が載せないでって言ってるようなもんだ。

「…残念だけど仕方ないか…君も写ってるしね…」
「ぞ…ぞうでずよ…」

ホッ…良かった…。

「ところで留学の件なんだけど、うちのに聞いてみたよ。母校で常時受け入れをしてるから必要あるなら言ってきて欲しいって。学校で事務してる友達もいて、いつでも聞けるらしいよ」
「…奥さんの母校?…それって…何処なんですか?」

言いにくそうに答える三浦さん。それを聞いた時、すごく驚いてしまった。

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