続 音の生まれる場所(下)
ドアの隙間を空け、母が入ってきた。手にはケータイを握ってる。

「真由、電話…」

手渡してくれる。誰なのか分からず耳にあてた。

「もしもし…」

聞いたことのある男性の声。母を振り返った。

「家に着いたか心配になってお母さんに連絡したんだ…そしたら君に変わるって言ってくれて…」

暗い顔で帰って来た私を、やはり心配してたんだ。

「無事に着いてるならいいんだ…じゃあまた…」
「あっ、坂本さん…」

とっさに声をかけた。でも、その後が続かない。…何をどう切り出していいのかも、分からない……。

「…その……」

言いかけて黙る。自分から声をかけたのに、何を言っていいか分からないなんて最低だ…。

「あの…」

反省してます…ホントに一度だけです…そんな言葉で済ませられる程、簡単なことじゃないけど…。

「ご……」
「…怒ってないよ」
「えっ…?」

聞こえてきた声に耳を疑う。目を見開いてケータイを握りしめた。

「怒ってないよ。気にもしてない」

聞こえてくる言葉はホント⁉︎ ウソじゃない⁉︎

「全然…って言ったら嘘になるけど…当然だと思ってる。僕は君に何も言って行かなかったから…」

送別会の夜、交わしたのは握手だけ。その中に私はいろんな思いを込めた…。

「待ってる間、君が寂しくて誰かに頼りたくなったのも分かる。僕だって……」

言いかけた言葉が止まる。ドキドキしながら待つ間、小さな息遣いさえも逃したくなかった…。

「…また話そう……いろいろと話してない事もあるし…」

ドイツでの生活を話してもらいたくて自分から明かした秘密。その意味を彼は、分かってくれたのかもしれない。

「うん…」

小さな頷きは彼に届いたと思う。「じゃあね」と優しい声がして電話が切れた。



「…仲直りできた?」

ドアの隙間から母が顔を覗かせた。

「…ケンカしてた訳じゃないよ……」

ありがとう…と電話を返してドアを閉める。母の思いやりに感謝しつつも、やはり彼の言いかけた言葉が気になった。

「僕だって……」

同じようなことをしたと言いたかったのか…それとも何か他のことでも…?
手に取る写真は笑顔に溢れている。この先もずっと、こんな二人でいたいと願ったーーー。
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