続 音の生まれる場所(下)
「ごめん真由子!ちょっと相手頼む!」

ダッシュで走ってく。

「えっ…⁉︎ あ…ちょ…‼︎ 」

あっという間にいなくなる。坂本さん、一体どこ行ったのー⁉︎

「理ちゃん、私だけ入れてどういう……あら…⁉︎ 」

ドアの前に立ってる私を見てキョトンとされる。無理もない。この状況、私もどう説明していいか分からないもん。

「…理ちゃんは?」

不思議がられる。何が起きたか分からないのは私も同じ。

「え…と…あの…ちょっとそこまで用事があったみたいで…私がお相手するよう頼まれました…」

苦し紛れの言い訳。坂本さん、お返しは高くつくよ…。

「用事…?単に逃げただけでしょ⁉︎ あの子、私が来るとすぐ逃げるから」

喧しいから嫌いなんだと話す。この間の様子からして、絶対そんな事はないと思う。

「ホントに用事があったみたいです。直ぐに戻って来ますから…」

取り繕って中に入る。工房の裏側は初めてで、中がどんなふうになってるのか知らない。

「困った子…」

ブツブツ言いながら上がってく。お母さんは状況を知ってるみたいで、真っ直ぐ奥に進む。
ミニキッチンの隣に並ぶ戸の一つを開け、中に入っていった。

(坂本さんの部屋…?)

チラッと覗かせてもらう。置いてある荷物の感じから、どうやら坂本さんが寝泊まりしてる部屋みたい。

「布団敷きっぱなしで…だらしないったら…」

文句言いながらも片付けてる。やっぱりお母さんだなぁ。
手助けしていいかも分からなくて、ぼんやり突っ立てる。部屋の片隅に置かれてるペットのケース。…坂本さんのだ。

「…どうぞ入って」

布団を押入れにしまって窓を開けると、お母さんが呼んでくれた。

「…お…お邪魔します…」

なんだかキンチョー。主人もいない部屋に上がってもいいもの…?

どこに座ったらいいのか分からないから、とりあえず出入り口の辺りに正座した。

「そんな所にいないでこっちに来て。理ちゃんのこと、いろいろ教えて?」
(教えて…って、私もそんなに知らないのに…)

返事に困る。お願いだから坂本さん、早く帰って来て。

「…いつ頃からお付き合いしてるの?」

近くに寄ると、お母さんがワクワクしながら聞いてきた。さっきからこの笑顔、どういう意味があるんだろう…。

「あの…3月の末からです…」

だからまだ1ヶ月程度。

「同じ楽団って言ってたわね。理ちゃんとはそこで知り合ったの?」
「いえ、あの…私の仕事のお客様が坂本さんで…」

思い出す4年前のこと。初めて会ったあの日から、もうそんなに経つ…。

「仕事?何をされてるの?」
「出版社の事務です…初めてお会いしたの4年前で、取材のお礼方々、定演に伺ったのが最初で…」

震えながら立ち竦んでたドアの前。あそこが私達の出会いの場所。
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