続 音の生まれる場所(下)
やっと両思いになれたから、何もかもこれからだから…。


「…母さん!」

バタバタと駆けてくる足音がする。息を切らした彼が、部屋に走り込んできた。

「先生ん家に持って行ったあの届け物の山はなんだよ!いつも程々にしとけって言うのに!おかげで先生の奧さんには恐縮がられるは、先生には笑われて…こっちの身にもなれよ!」

走ってどこへ行ったのかと思ったら、隣の水野先生宅。
いつもお世話になるから…と度を越したお礼を、お母さんが置いていったらしい。

「ちゃんとここの家賃も光熱費も払ってるから!迷惑かけてないからっ!」

恥ずかしいのか怒ってるのか知らないけど、顔真っ赤で可笑しい…。

「くくく…」

いけない。思わず声出ちゃった。

「真由子…」

しまった…って顔してる。今更取り繕っても遅いし。

「…と、とにかく、今後はあまりハデにしないでくれよ!」
「はいはい。程々にすればいいんでしょ⁉︎ それより理ちゃん、何か演奏してくれない⁉︎ 私まだ、新しいトランペットの音、聞いたことないんだけど…」

定演には呼んでなかったらしい。仕方ないな…って顔してる。なんだかんだ文句言っても、坂本さんはお母さんに弱いんだ。

「丁度、真由子に何か演奏してやろうと思ってたから、ついでに聞かせるよ」

憎まれ口叩いてる。私の方がメインみたいな言い方やめて欲しいなぁ。

部屋の隅に置いてあったケースに手を伸ばす。
ここじゃなんだから…と、玄関先のロビーに移動した。 
三週間ぶりに聞く彼の音。スゴく楽しみ。

「何が聞きたいんだよ」

素っ気ない態度で聞く。お母さんはにこにこしながら、あの曲をリクエストした。

「前に定演のアンコールで吹いてたのがいいわ。『千の風になって』」

一瞬。彼の顔が固まる。チラッと私を横目で見て、無言のまま吹き始めた。

優しく語りかけるような出だし。坂本さんのペットの音は、あの日のことを思い出させた…。



朔が亡くなって7年目の春、避けていたブラスの演奏会に会社の都合で行くことになった。
恐々と椅子に座ってる私の耳に届いてきたのは、彼の力強くて優しい音…。
縛られてたトラウマから心を解き放して、自由に生きていいんだよ…と教えられたーーー。


…あの時のように、彼が語ってくれる。
亡くなったカレシのことを胸に抱いたまま、私らしく生きたらいい…って。
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