続 音の生まれる場所(下)
(待って…!)

一生懸命進もうとしてた足が止まる。彼女の腕が彼の腕を捕まえる。しかもごく自然に…。

「…ウソ…なんで…?」

信じられないような光景。私ですら、彼の腕に捕まったこと無いのに…。

ショックで動けなくなる。離れていく二人を目で追いかけることしかできない。

(ねぇ…坂本さん…その人誰なの…?私のこと…分からないの…?)

大勢の人の中に紛れて行く二人。その背中を見ながら、まるで彼が知らない人のように思えてしまったーーー。



4時間後、部屋の中で待つ電話。鳴る気配もなく、こちらからかける気にもならず、ただジッと眺めてる。

(あの二人…今も一緒にいるのかな…)

どこへ行ったのかも、何を話してたのかも確かめられなかった。
夢が正夢になって、信じられなくて茫然と身送るしかできなかった…。


「ヤダな…こんなの完全にシットじゃん…」

イライラしたイヤな気持ち。吐き出したいのに、聞きたいのに、電話すらもかけれない。

「あっちからかけてきてくれればいいのに…」

今日誰と会って、どこへ行ったか、坂本さんの口から説明して欲しい。
睨むように電話を見る。でも、全く鳴らない。

(こっちからかけてみる?今日の夕方、外国の方と待ち合わせしてましたね…って…)

わざわざ私の会社がある駅で待ち合わせなくても…と思うけど、考えてみたらそんな事、教えたことなかった。

(そっか…会社の場所も知らないんだ…偶然だよね…)

仕事がほぼ定時で終わることも、最寄り駅が何処かなんてことも話したことない。第一、そんな話をする程、ゆっくり会ったこともなかった…。

(だから日曜日、初めてゆっくり会えると思って喜んでたのに…)

花粉症なんてなったことも無いのに急に症状が出始めてーーー。


「トップソロの疲れが溜まってたからじゃない⁉︎ 」

同じフルートパートの石澤さんがそう言ってた。でも、一度花粉症になると毎年症状が出るとも言われた。

(この辛さが毎年続くの…?ヤダな…それも…)

飲み薬は1日2回、点眼薬は3回と寝る前、点鼻薬は鼻づまりがひどい時…。しかもこの点鼻薬、差すと相当鼻が痛い…。

(これが毎年続くなんて、考えたくもない…)

花粉症に効くものいろいろ揃えてみたけど、時期が終わるまで1ヶ月近くある。それまでマスクは必需品だし、ティッシュも肌身離さず。メイクなんてしてもマスクですぐに崩れるし、いい事なんてまるで無いのに今日のことまで加わって気分は最悪…。

(坂本さん…知らない人みたいだった…)

モデルみたいな外人女性と腕を組んで歩く彼が、すごく遠い存在に思えた。ドイツにいた頃、あんなふうに彼女と街中を歩いてたのかも…。

「ヤダ…あんなの見なきゃ良かった…」

付き合いだして日も浅い。彼のことを全て分かってる訳じゃない。彼女だと言っても名ばかり、自信も何もない。
だから彼の口から話して欲しい。ドイツであったいろんな事。楽しい事、苦しい事、切ない事、何もかも…。
でないと不安ばかりが湧き出る。あの夢のように、彼が遠くに行ってしまいそうで怖い…。

「やっと…会えたのに…想いが通じ合って、これからなのに…」

鳴らない電話を握りしめる。彼のことを考えながら、その夜は浅い眠りについたーーー。

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