らぶ・すいっち





 口をぽっかりと開け、何も言えない私の表情がよほど面白かったようだ。

 笑い声を抑えることができない様子の順平先生は、噴き出して笑っている。
 衝撃的な事実と、順平先生があまりに笑い続けるのが面白くなくて口を尖らせていると、順平先生は意地悪そうに口角を上げた。


「英子先生が講演会に行くだなんて、一言もなかったと思いますよ」
「そ、それは……」


 確かにそのとおりだ。しかし、なんだか解せない。ふくれっ面の私を見て、順平先生は至極楽しそうだ。


「言ってなかったけど! だけど、順平先生が行くだなんてことも聞いていません!」
「聞かなかった君が悪いんでしょ?」
「っぐ!」


 言葉に詰まる私を見て、順平先生は助手席のドアを開いた。


「さぁ、乗ってください。早く行かなければ講演会に遅れてしまいますよ?」
「後部座席に乗せてもらいます!!!」


 英子先生に頼まれた手前、個人的な感情で今日の講演会に欠席することはできない。

 だけど、内緒にされていた腹いせだ。
 ツンと澄まして後部座席のドアを開こうとする私に、順平先生はクツクツと笑う。


「もしかして運転手とご主人樣の関係ですか?」
「……」
「ありえないですよね。なんといっても須藤さんは、私の弟子みたいなものですよね。貴女からしたら、私は料理の師匠。それなのに私の言うことが聞けないのですか?」
「なっ!!」


 再び言葉をなくす私に、順平先生は有無を言わせない様子で怖いぐらいの笑みを浮かべた。


「時間がありません。ほら、乗ってください」


 やっぱり助手席に乗らなければならないようだ。

 本当はこのまま回れ右をし、部屋に戻ってしまいたいのは山々だが、そういう訳にもいかない。
 私は、こっそりとため息をついたあと、「わかりました」と返事をし、助手席に乗り込んだ。






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