らぶ・すいっち
「あのね、お父さん。私、“ぼたんいろ”は継がないから」
「……」
「大野さんと私を結婚させて“ぼたんいろ”を続けたいと思っているみたいだけど、それは無理だから。それに大野さんにだって失礼だよ。無理やり押しつけってパワハラってやつじゃない?」
無口なお父さんが、さらに押し黙った。これはやっぱりお父さんの独断で話を進めようとしているようだ。
一度大野さんに会い、結託してお父さんに立ち向かわねばならないかもしれない。
お父さんはこういう人だから、打ち勝つにはかなりの忍耐力が必要になるだろう。ああ、考えただけでも頭が痛い。
「とにかく、だよ。お父さん。お兄ちゃんに話をつけてみたら?」
「アイツはダメだ」
無口を貫いてきたお父さんが目をクワッと見開いて、それだけはダメだと顔を顰める。
いつものやりとりとはいえ、この親子はと頭が痛くなる。
「お兄ちゃんが日本料理じゃなくて、フランス料理をやっていることに不満なのはわかるけど」
「アイツは俺を裏切った。そんなヤツに“ぼたんいろ”を継がせるわけにはいかない」
ツンとそっぽを向き、お父さんは再びお茶を飲み始めた。
私はそんなお父さんの様子を見てハァ、と大きくため息をつき、今までの二人のやりとりを思いだす。
私のお兄ちゃんは、初めこそ“ぼたんいろ”を継ぐ決意を持って、調理学校に通い出したのだが、そこで出会ってしまったのはフランス料理。
すっかりお兄ちゃんはフランス料理に魅せられてしまい、挙げ句フランスに飛んでいってしまって早うん年。
今では、かなり有名なフランス料理店のチーフに大抜擢されたとかで、どう考えても日本に戻り実家を継ぐことは考えにくい。
家を継ぐはずだったお兄ちゃんがそんな調子なもので、今度は私に矛先を向けてきたというわけだ。
お父さんの元で修行をしている大野さんと私は年も近いということで、なんとか纏めて継がせようというお父さんの魂胆。
丸見え過ぎて、頭が痛い。
チラリとお父さんが持ってきた紙袋の中身をみる。
二段重の中には、お店で出す料理が所狭しと並べられていることだろう。
鑑賞するだけでも価値があるお重ではあるが、色んな意味が込められすぎていて素直に受け取ることはできそうにもない。