らぶ・すいっち




 ドキドキしすぎて、状況をよく把握できていなかったようだ。

 どうやら先生は、私に包丁の使い方をレクチャーしてくれるつもりらしい。
 それなのに私ときたら、密着しているこの状況に慌ててしまっていたようだ。

 なんだか自意識過剰で恥ずかしい。それと同時に、先生の優しさに感動して鼻の奥がツンと痛んだ。

 今まで天敵だとか、鬼だとか罵声を上げてしまってすみませんでした。
 私も色々と誤解をしていたようだ。半年かかったけど、順平先生の優しさに気がつくことができてよかった。

 先生は私の手を握りながら、ゆっくりと大根の皮を剥いていく。

「そんなにカチコチにならない。肩の力を抜いて……そう、ゆっくりでいいですよ」

「は……はい」

 この近すぎる距離、密着する手と手。状況が状況だけに、緊張してドキドキしてしまう。
 だけど折角、先生が包丁の使い方を教えてくれているんだ。
 しっかりと習得しておきたい。

 私がやると切り口がガタガタになってしまうのに、順平先生と一緒にやると、キレイに途切れることなく皮が剥けた。

 クルンと途中で切れることもなくキレイに切れた皮を見て、感動が込み上げる。
 私一人でやったわけじゃないけど嬉しい。

「順平先生! すっごくキレイに皮がむけました。こんなの初めて」

「フフッ。君ひとりでやったわけではないですけどね」

「そうですけど、それでもすごいことなんです!」

「そうですか」

 クスクスと笑う順平先生の声は軽やかだ。以前のように嫌みったらしい笑いじゃない。
 それがなんだかくすぐったくて、嬉しくて。フワフワした気持ちになる。
 
「さぁ、皮は剥けましたから。今度は格子目に切り込みを入れていきましょう」

 順平先生は私を包み込むような体勢のまま、耳元で囁いた。

 あのね、順平先生。こうしてじっくり教えていただけるのは、とても嬉しいです。
 きっと上達も早いことでしょう。

 だけど、心臓がいくつあっても足りない気がするのは、私が未熟者だからでしょうか。


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