小さなキミと
第1章

赤い自転車と入学式

小鳥たちが、無邪気にさえずる春の朝。


「涼香(りょうか)ーーーーッ!」


窓の外から、けたたましい声で誰かがあたしの名前を叫んだ。


いや、それが誰なのかはもう分かっている。


幼馴染で同級生の、鳴海 結(なるみ ゆい)だ。


とても怒っているような気がする。


いや、実際に怒っている。


「おっそーーーーい!」


そんなことは自分でも分かってるから、少し黙ってほしい。


急かされても、余計に焦るだけだ。


「はやくーーーー!」


無視をするのは本意ではないけれど、残念ながら返事をする余裕がない。


こんなに探しても見つからないなんて。


一体どこに消えた、あたしの制服のネクタイは!


家中をバタバタと駆けずり回ったせいで、額から汗がしたたり落ちた。


希望は薄いけど、もう一度自分の部屋に戻りベッドの下を覗き込む。


やっぱりない。


先ほど引っ掻き回した洋服ダンスの中身を、今度はごっそり床にぶちまける。


やっぱりない。


あぁ、もう、どうしよう。


今日は特別な日だから、絶対に遅刻はしたくない。


とはいえネクタイなしで行って、先生や先輩に入学早々目を付けられるのはもっと嫌だ。


そうこうしている間にも、時間はどんどん過ぎてゆく。


外からは、引っ切り無しにあたしを急かす声が届く。


「昨日のうちに準備しとけぇ、アホーーーー!」


はい、すごく反省しております。


でもまさか、ネクタイだけが紛失しているなんて、夢にも思わないじゃないですか。

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