絶対やせて貰います。

それなのに……

あの最悪の出会いの日から度々我が家を訪れる遼は、その後も私に媚びるどころか失礼な発言を繰り返す。

「おまえ。そんなことも自分で出来ないの?赤ん坊と一緒だな」これは身支度を我が家の家政婦……麻紀さんに手伝って貰っている時に言われた言葉。

何もかも彼女にやって貰うのが当然で疑問すら持ったことがなかったのに、何も自分で出来ない赤ちゃんと一緒にされたことが悔しくて、それからは自分で出来る事は何でも挑戦するようになった。

麻紀さんからすれば余計な時間が掛かるうえに、私の教育係まで任されて迷惑だった筈なのに、不慣れな手伝いという名目の“邪魔”にも嫌な顔一つ見せずに何でもやらせてくれた。

「左手は猫の手ですよ。そうそう、カンナお嬢さんは筋がよろしいですね」どんな些細なことでも成功した時には優しい笑顔で褒めてくれたから嬉しくて彼女の弟子になり、色々な経験を積んでいった。

遼が我が家にやって来ると聞いたある日、麻紀さんとアイスボックスクッキーを焼くことになった。

麻紀さん曰く、アイスボックスクッキーは時間のある時に生地を作り冷凍保存して置けるので急な来客にも手作りのお菓子を振る舞うことが出来て便利なんだとか……

シンプルだけどとても美味しいバニラ味に、甘さとほろ苦さが絶妙なココア味、そのバニラ生地とココア生地を市松模様にしたミックスの3種類のクッキーを用意する。

どの生地も金太郎飴のようにナイフで切り分け、天板に並べていく。

バニラとココアの生地には側面にグラニュー糖を全体にまぶすのだけれど、『塩をまぶし付けてしまおうか?』一瞬そんな考えが頭をよぎるも……

「おまえ。砂糖と塩の区別も付かないの?」嘲笑いを浮かべながら馬鹿にされる場面が安易に想像出来てしまう。

「フン!ちゃんと美味しいクッキーを振る舞ってやろうじゃないの……」鼻息荒く気骨をみせて作業に没頭した。

焼き上がって粗熱の取れたクッキーは芳醇なバターの香りで心が弾む、一つ摘まみサクッと頬張ると自分で作ったからなのか、いつも以上に美味しく感じる。

「遼をギャフンと言わせてやる」心に闘志をみなぎらせ敵の到着を心待ちにした。



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