マネー・ドール -人生の午後-
「将吾と東京に来て、一緒に暮らして……貧乏だったけど、幸せだった。でも、将吾は……いつまでもね、変わらないの。昔のまま、方言も、見た目も、中身も、全然変わらない。だから私、将吾がだんだん……イヤになってた。この人といたら、私はずっと、広島の、あの惨めな自分のまま、変われないんじゃないかって……それに……お金も欲しかった。東京の女の子達みたいに、ブランドのバッグとか服とか、オシャレな美容院にも行きたかった。でも、将吾は、そんなことしなくていいって言うの。東京のね、華やかな女の子たちに憧れる私を……引き止めるの……お前はそのままでええって、そう言うの。私を抱きながらね、いつも、お前が一番キレイやって……そんなわけないのに……きっといつか、将吾も東京の女の子の方がいいって、私を捨てるんだと思ってた。垢抜けた、オシャレな女の子の方がいいに決まってるって……」
「だから……俺だったの?」
「いけてる女になれって、言ったでしょ? あの時、私、本当に全部捨てる覚悟をしたの。もう、全部変えてやるって。バイトして、お金貯めて、洋服や化粧品を買って、雑誌のモデルさんと同じ格好をして……そしたらね、男の人が私に寄ってくるの。今まで知らん顔してた大学の子たちもね、私の周りに集まり始めて、なんだ、簡単なんだって思った。結局、見た目だけなんだって。それさえよければ、こうやってチヤホヤされるんだって……最後はね、慶太だったの。リッチでイケメンの彼氏を連れて歩くこと。それで、私は完璧になれた……なれると思った……」

 そうか……俺はずっと、真純の金蔓だと思ってたけど、違ったんだ。
俺は、真純のブランドのアクセサリーの一つにしか、すぎなかったんだ。

「ずっと自分が許せなかった……今も、許せない。こんな自分勝手に、人を傷つけて……あの、嘘でね、慶太が泣いた時、もう死にたいくらい、後悔した。一生、子供は……うんじゃいけないって、思った……」

 本当の真純。今、隣で、涙を流しながら話すのは、本当の真純。
 本当の真純は、優しくて、弱くて、臆病で、純粋で……寂しがり屋。

「将吾のことなんて、忘れてたの。でも、あの夜ね、将吾と偶然タクシーで会って……将吾、変わってなかった……でも、家族がいて、幸せなんだって、本当に安心して……心のそこからよかったって思えたのに……聡子さんを見てね……彼女、まるで昔の私で……悔しかった。将吾が派手な東京の女の子と結婚してくれてたら、こんな風にはならなかったのに……今の私は、外側だけなのかなって……私は、何を求めてたのかなって……わからなくなって……情けなくて……」

 もう、それだけで、充分だった。
 真純が心を揺らす理由。
それはきっと、未練とか、そんなんじゃない。
真純は、杉本のことを、追いかけてるわけじゃない。
 
 真純が追いかけているのは、きっと、真純自身。

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