マネー・ドール -人生の午後-
 二人きりになった、古い応接間で、俺達は、重く、向かい合った。
「今回のことは……俺が悪かった」
「いや、どんな理由があれ、真純のしたことは許されない。本当に、申し訳なかった」
「昨日、真純と……会ったんや……」
「ああ、聞いてるよ」
「やっぱり、帰るべきやった」
「……杉本、一つ、聞いていいか」
「ああ」
「真純のこと……どう思ってる。たてまえじゃなく、本心を聞かせてくれ」
 杉本は、ため息をついて、ぼそっと言った。
「好きやった……ずっと、忘れられんかった……」
「真純を、受け止める覚悟はあるのか?」
「……ない……」
 杉本は、肩を震わせた。あの荷物を渡された時みたいに、杉本は、泣いていた。
「家族が、いるから?」
「それも、ある……でも……それ以上に……」
「聡子さん?」
「聡子は、俺の気持ち、わかってながら、ずっと俺についてきてくれた。荒れて、聡子に当たったこともあった……それでもな、聡子は……」
「一緒にいると、大切になるよな。俺もそうだよ。俺もいつの間にか、真純が大切になってた」
「昨日、真純と会って……気持ちが蘇ったのは確かや。でも、聡子を裏切るようなことをしたのは……真純を、女として……」
 まさか……
「ただ……欲情したってことか?」
「たぶん、そうや……真純やからじゃなくて、女として、目の前にいる女に……」
「お前、ふざけんな!」
「傷つけてしまった……真純を……」
「真純はな、真純は……本気で、お前を……」
「真純を追い詰めたのは俺や……」
 なんだよ……なんだよそれ……じゃあ、真純は……真純は、ただ、傷ついただけじゃないか……
「許してくれ……」

 いつもの堂々とした、男っぷり満載の杉本はどこにもいなくて、俺の前にいるのは、打ちひしがれた、ただの、おっさん、だった。
「お前が謝るのは、俺じゃなくて、聡子さんだろ」
「佐倉、聡子が大事なんや……勝手なことゆうとるのはわかっとる。でも、俺は……聡子がおらな、生きていけん」
 杉本……お前も、ただの男だったんだな。なんか、安心したよ、俺は。
「もう、真純には会わないでくれ」
「ああ、そのつもりや。もう二度と会わん。約束する」
「真純はな、お前のこと、まだ好きなんだよ。だから、お前が見えると、気持ちが揺れるんだ」
 でも、俺の言葉に、杉本は顔を上げた。
「好きや、ないやろ。真純は、俺のことなんや、好きやない。そう、思いこんでるだけや」
「なんで、そんなことわかるんだよ」
「手に入れられんもんが、欲しいんや、真純は……ずっと、我慢の生活やったから、我慢できんのや」
 そう言われてみれば、ブランド品も、アクセサリーも、自由に手に入れられるようになったら、真純は欲しがらなくなった。

「俺はもう、自分のものやないってわかってるから、俺を欲しがるんや。もし俺が真純のとこに行ったら、あいつは俺を捨てる。昔みたいにな」

 真純をただの女だと言った杉本に、メチャクチャ腹がたったけど、元はといえば、俺が真純を奪ったんだよな。杉本は苦しんだんだ。今の真純みたいに、聡子さんとの間で、いや、真純以上に、苦しんだ。
「幸せに、してやってくれな」
 そう言った杉本は、やっぱり、まだ真純を探していて、お前、まだ……苦しいんだよな……
 
 今の俺に、できることが、一つだけある。あのことを、証明すればきっと、この二人は……
「杉本、協力してくれないか」
「俺にできることなら……」
「DNA検査、させてくれ。兄妹って証明されたら、憶測じゃなく、ちゃんと証明されたら、気持ちの整理がつくだろう? お前も、真純も」
 その時は、それが最善の方法だって、俺は信じていた。
「わかった。協力する」

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