マネー・ドール -人生の午後-
「おはよう! みんな起きて!」
うるさい……なにごと?
「慶太……早くない?」
「だって、学校まで三十分はかかるだろ? もう起きないと」
そっか……八時前には出ないといけないから……って、まだ六時じゃん!
 慶太はすでに着替えていて、髪型もバッチリ。血圧高いのかしら。なんて早起きなの……
「凜、碧! 朝だよ!」
 慶太ったら、すっかりパパ気分ね。
 二人は目をこすりながら、渋々起きて、うふふ、かわいい! フラフラしながら、顔を洗いに行った。
「朝は俺が送って行くから」
なら、私はまだ寝てていかしら……眠い……
「真純も起きて」
「はーい」

 テーブルにはトーストと、ヨーグルトと、ミルクとオレンジジュース。
「食パン、あった?」
「朝買ってきたんだよ。昨日予約してたから」
えっ! 朝、わざわざ?
「焼きたてのパンはうまいからな!」
し、信じられない……いったい、何時に起きたのかしら……
「真純も食べるだろ?」
「私はコーヒーだけで……」
「ダメだなぁ。俺なんて、五キロほど走ってきたから、腹ペコだぜ?」
 五キロ! 朝からこのテンションの高さ……アドレナリンの塊ね……

 娘ちゃん達は、色違いのトレーナーに、ジーンズをはいて、テーブルに座った。
「いただきまーす」
「いっぱい食べなよ」
「おじさんが作ったの?」
「そ、朝はね、おじさんの担当なの。おばさん、お寝坊だからさ」
二人は顔を見合わせて笑ってる。もう、よけいなこと言わないで!
「おいしい、パン!」
「そうだろ? ここの店はね、材料にこだわっててね……」
そんな話、子供にしてもわかるわけないじゃん。
「朝ごはん、ちゃんと毎日食べるの?」
「うん、食べるよ。でも、いっつもね、パパはいないの」
「そうなんだ」
「夜勤の日は帰ってこないし、そうじゃない日は寝てるし」
「夕飯は?」
「パパはあんまりいない」
 ……もしかして……
「ねえ、パパ、優しい?」
「うん。でも……あんまりいないから……」
 凜ちゃんは寂しそうに言った。ヨーグルトをすくう手が止まって、俯いてる。
「パパは忙しいんだよ。みんなのために、一生懸命働いてるんだ」
「ママもそう言うけど、やっぱり寂しそうなの」
「ねえ、パパは、昔からそうなの?」
「うん。でも、お仕事変わる前のほうが、もっといなかったって、お兄ちゃんが言ってた」
「パパのこと、どう思う?」
 黙ってしまった凛ちゃんの代わりに、碧ちゃんが言った。
「……大好きだけど、時々、嫌い」
「どうして?」
「だってね、パパね……」
「碧、パパの悪口言っちゃいけないんだよ。ママに怒られるよ」
 俯く二人を見て、慶太が私の手をそっと握って、微かに首を横に振った。
「そろそろ、行こうか。忘れ物ない?」
 二人がランドセルを取りに行くと、慶太が言った。
「今は、そんなこと聞くな」
「だって、もしかしたら、将吾、あの子たちに……」
「体にアザはなかったし、無茶なことはしてないはずだ。今回のことも、今までなかったことらしいから、日常化してるとは考えにくい」
「でも、私、見たのよ。目の前で、凜ちゃんとのこと……」
「そのために離したんだ。知り合いに、専門のカウンセラーがいる。相談してみるから、焦るんじゃない」
 二人がリビングに戻って来ると、慶太は笑顔になって、手をつないだ。
「忘れものないかな? あっ、おじさん、ネクタイしてないや!」
 おどける慶太に、二人はちょっと笑って……
 不安にさせないように、慶太もちゃんと考えてるんだ……なのに私ったら、ダメね、ほんとに……
「おばさん、いってきます!」
「うん、五時までには迎えにいくから、お家で待っててね」
「はーい」
「いってらっしゃい! 気をつけてね!」

 三人を見送って、テーブルの片付けを始めたけど、どうしても、気になって手に付かない。

 あの子達は、父親の愛情に飢えてる。だから、慶太にあんなに懐くのよ……

 ねえ、将吾、違うよね……『虐待』なんて……してないよね……
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