マネー・ドール -人生の午後-
 久しぶりに作ったローストビーフは、我ながら上手くできてて、私達は、美味しく、楽しく、夕食を済ませた。こんな風に、家でテーブルを囲むなんて、何年ぶりかしら。
 後片付けをしていると、慶太が後ろから抱きしめて、うなじにキスしたり、胸を触ったり。
「もう、まだ片付けしてるよ」
「明日、金曜じゃん。森崎さん来るだろ? 置いとけばいいじゃん」
「でも……」
「お風呂入ろうよ、一緒に」
 うふ、なんか、かわいい。
「そうね、お任せしちゃおっか」
 換気扇をまわして、森崎さん、明日、お願いします!  

 私達は一緒にお風呂に入って、体や髪を洗いっこしたり、キス、したり。
「もう、上がろうよ。したくなっちゃった」
 甘えた顔で、慶太がそう言って、私もちょっと、慶太が欲しくなって、バスローブをまとって、ベッドにもつれ込む。
 髪も、体も濡れたまま、私達は、ベッドの上で絡み合って、夢中でお互いを求め合う。
 今夜は、すごく感じる。どうしてかしら。いつもより、すごく、慶太を感じるの。
「慶太……いい……」
私の言葉に、慶太は熱い目をして、強く、激しく、私を抱く。
「最高、真純……」
 結婚して、十六年。
 こんなに、もえたのは、初めてかもしれない。なぜだろう。何かが、私の気持ちを変えた。
何か……きっと、あの手紙……あの手紙で、私は……

 ねえ、慶太。私ね、あなたを愛してる。
ううん、愛さなきゃ、いけない。私は、あなたと幸せにならなきゃいけない。
だって、私は、人生をかけて愛してくれた人を裏切って、今度はまた、その人を愛してる人まで、裏切ろうとしてる。
そんなの、もう、許されない。自分でも、許されない。
「真純……愛してる」
慶太の声が途切れ途切れに聞こえて、体の中で、慶太を感じる。
「ずっと……これからも……死ぬまで……」
 慶太……私を、離さないで。ずっと、強く、私をつなぎとめて。
そうじゃないと、私……また罪を犯してしまう。また、誰かを傷つけてしまう。
そんなことをするくらいなら、いっそ……

「私を……殺して……」

 慶太は頷いて、首に手をかける。少しずつ、その手に力が入って……息が……
「お前を離すくらいなら、俺はお前を殺して……死ぬよ」
その目は本気で、私は頷いて、慶太の手が解けた。

 私達は、罪人。
 私も慶太も、犯した罪の大きさと、償う責任を背負ってる。

 左手の、ティファニーの指輪。すごくキレイ。フロアランプに、ルビーの色が反射して、ダイヤがピンクに光る。
きっと、とっても……高いよね……こんな高価な指輪、簡単に買えるんだ。
私、本当に、お金持ちになったんだ……あの頃望んでいた生活。欲しかった生活。
そうね、手に入れた。手に入れたじゃない。幸せ。望んでいた幸せ、手に入れたじゃない。

 慶太の首元に揺れるカルティエのネックレス、私が昔、誕生日に贈ったプレゼントだよね。
ペアだったけど、私はなくしちゃった。
 ううん、ほんとはね、捨てたの。あの嘘をついた後、捨てたの。あなたにも、もう、捨てて欲しかった。こんなもの、もういらないって、捨てて欲しかった。
 それなのに、あなたはずっと、そんな古いネックレス、今でも、大切にしてくれてたんだね。

 そして、私のことも……大切に、してくれてる。
 捨てられてもおかしくなかったのに、当然だったのに、あなたは、私を、捨てて……くれなかった。

「愛してる?」
「愛してるよ。死ぬほど、愛してる。お前のためなら、俺は死ねる」

 愛し合って、一緒に果てて、私の濡れた髪が、シーツを濡らして、冷たい。

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