黒太子エドワード~一途な想い

ブロワの息子、捕虜に

「チャンドス様……」
 降伏か死かで揺れ動くベルトラン・デュ・ゲクランの目の前で、一人の男がジョン・チャンドスに近付き、何かを耳打ちした。
「ふ……。決まりだな」
 そう言うと、チャンドスはベルトランを見てニヤリとした。
「な、何だ?」
「今、捕虜になった者を調べていたら、ブロワ殿の子息がおったそうだ。名をギイと申すらしい」
「ギイ様が……」
 長男のジャン1世とは何度かブロワの屋敷で顔を合わせていたものの、次男のギイについてはあまり記憶がなかった。長男と比べると、おとなしかったからかもしれない。
 だが、それでも「亡きブロワ様の息子」ということが、ベルトランの心を揺さぶった。
 カラン……。
 ベルトランは持っていた剣を手放したかと思うと、膝をついて倒れこんだ。
「ここまでか……」
 そう言ってため息をつくベルトランを見て、チャンドスは傍に居た兵士に叫んだ。
「捕縛しろ! 但し、丁重にな! 黒太子殿下もやっと会えると喜ばれるはずだからな!」
 「黒太子」の言葉にイングランド兵達の目は輝いたが、当のベルトランは全く興味が無いようで、ぼんやりした目で宙を見ながら呟いた。
「ブロワ様、すまねぇ……」
と。

 ──結局、ベルトラン・デュ・ゲクランの降伏で、ブロワ側の敗北が決定的となり、ゲランド条約が締結された。
 そして、長きに渡ったブルターニュ継承戦争は集結したのだった。
 勿論、ブルターニュ公の地位は、勝者であるジャン4世のものとなり、パンティエーブル女伯ジャンヌは、相続を放棄した。
 但し、「嫡男が授からなければ、ブルターニュ公の地位をパンティエーブル女伯ジャンヌの息子に譲る。ジャンヌ・ド・パンティエーブルは、生涯、ブルターニュ女伯を名乗れる」という条件付きで。
 そういう条件もあり、本当にブルターニュ継承戦争が終結したのは、1381年の第二次ゲランド条約が締結してからなので、まだ先なのだが、今はこれくらいにしておこう。

 オーレの戦いの結果、勝者は誰の目から見ても、ジャン4世であることは明白であったので、翌1365年、フランス王となったシャルル5世も彼を正式にブルターニュ公として認めた。
 が、フランス全土をその手中におさめようとしている新王にとって、ブルターニュ公がイングランド派であることは、正直手痛いことであった。
 そこに、オーレではジャン4世と共に戦ったオリヴィエ5世(オリヴィエ・ド・クリッソン)も絡んできて、益々ややこしいことになっていく。
 初めは、仲間であったのだが、すぐに仲たがいを起こし、その果てに、互いの暗殺未遂事件まで起こしてしまうのである。
 最終的にジャン4世が1399年に亡くなる時、何故か息子達のことをそのオリヴィエ・ド・クリッソンに託し、彼も騎士道精神にのっとって、遺言通り子供達がイングランドに行かないよう、手を回した。
 実は、精神の奥深い所で相手のことをよく理解していたからこそ、仲が悪かったのかもしれない。
 そして、その彼の行動が百年戦争後期において、フランス大元帥となる、『正義の人 le Justifer』アルチュール・ド・リッシモンを作り上げることになるのだが、それは別のお話で。
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