黒太子エドワード~一途な想い

ベルトランの再婚

「に、兄さん、その花ってまさか………」
「へへへ、うちの新しい嫁さんにやるのさ!」
「戦の真っ最中だっていうのに、何やってんだよ! それに、どうせあの若い嫁さんは、そんなもの喜ばないさ!」
 オリヴィエ・デュ・ゲクランはそう言うと、ため息をついた。
 ベルトラン・デュ・ゲクランは、実は去年、最愛の妻のティファーヌを亡くしていた。家柄も良く、年は彼と変わらぬ程いってはいたが、ベルトランのことを誰よりも愛し、大切にしてくれた彼女の死は、ベルトランにとっても、弟のオリヴィエにとっても、とてもショックなことであった。
 だから、そのうち兄が再婚出来ればいいと思っていた。
 だがまさか、1年も経たないうちに再婚するとは思わなかった。
 よく考えれば、彼はフランス国王シャルル5世の覚え目出度く、正式にフランス王軍の司令官や総大将を務めていた。
 なので、シャルル5世に取り入ろうと思っている者やそのシャルル5世の常備軍に守って欲しい者は、こぞってベルトランに面会を求めてきていた。
 彼の2番目の妻、ジャンヌ・ド・ラヴァルの父もそういう者の一人であった。
 彼は、他の男と結婚の約束があった娘を彼の所に連れて行き、その若さと美貌でベルトランを虜にさせ、結婚させたのであった。
 弟のオリヴィエは、年がだいぶ下の義姉の性格をよく見抜き、ティファーヌ程好きになれずにいたが、恋は盲目。今のベルトランには何を言っても無駄であった。
 お金や軍隊のことだけでなく、ベルトランはロングウィル伯でもあったので、ラヴァル家としては、二人の間に子供が出来れば、それを継承させられるとも計算していたが、二人には子供が出来ず、彼女を毛嫌いしていた弟のオリヴィエの子孫が継ぐのであるが。

 ───そんなデュ・ゲクランの事情を知らないランカスター公ジョンは、カレーから出れないこともあって、シャルル5世と2年間の休戦条約を結んだ。1375年のブリュージュ条約である。
 これにより、フランスの領土はほぼ百年戦争前の状態に戻り、カレー、シェルブール、ブレスト、ボルドー、バイヨンヌの5カ所を除く地域を取り戻したのだった。
「堅固なカレーを落とすには時間がかかるだろうが、他の都市は何とか取り戻したいものだ」
 かなり領地を取り戻したとはいえ、主要な大都市は未だイングランドのものであったので、シャルル5世は悔しそうにそう言った。
「まぁ、そのうち、必ず取り戻してみせよう」
 彼はそう言うと、にやりとした。
 彼は、黒太子エドワードがもう長くないと知らせを受けていたのだった。
 
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