黒太子エドワード~一途な想い
「既に夕刻か……」
 下士官に連れられて、もっと後方に下がり、そこで矢を抜いた後、気を失っていたフィリップ六世は、目を開けるとゆっくりそう言った。
 気付けば、辺りは真っ赤に染まっていた。
「戦況はどうだ?」
「シャルル様の他、ルクセンブルク伯、フランドル伯、ロレーヌ公等一一人のプリンスの方々が亡くなられました」
「な、何! そんなにか……?」
 これには、目が覚めたばかりのフィリップ六世も又気を失いそうになる程ショックを受け、思わず頭を押さえた。
「はい……。ルクセンブルク公ヨハン様など、見えない目で果敢に挑まれ、それはもう、壮絶なご最期であられたとか……」
「ルクセンブルク公ヨハン……」
 傍に居た、医術の心得があるらしい若い男がそう言いながら目頭を手で覆うと、フィリップ六世は彼の名を繰り返した。
 Johan von Luxemburg(ヨハン・フォン・ルクセンブルク)。
 一二九六年に生まれ、今年で五〇歳になる彼は、フィリップ六世より三歳程若かったが、父と息子はローマ皇帝に即位したものの、彼自身は帝位につくどころか、病により既に失明しまっていた。

「あやつは失明しておったというに、どうやって突撃などしたというのだ?」
「馬は、他の者が走っていくとついていく習性がございます。それで、他の方についていかれたのでしょう。しかも、落馬されても名乗りをあげられ、剣を振り回されているところを串刺しにされたとか……」
「何と!」
「いまわの際に、『フランスに栄光あれ!』と叫ばれたとも聞いております……」
 そう伝えた男も目頭を押さえると、フィリップ六世も目を閉じてうなだれた。
「皇帝にはなれずとも、最後の最期まで誇り高きフランス騎士であったか……。彼の遺体はどこだ? 丁重に扱っておるか?」
「はい、勿論でございます。敵も流石にルクセンブルク公の勇姿に心打たれたのか、公のご遺体をこちらに移動する際、攻撃してこなかったと聞いておりますし……」
「うむ、うむ……」
 フィリップ六世は、当然だと言わんばかりに何度も頷きながらそう言った。
「これより我が軍は、撤退する! その後、公の葬儀は、他のプリンスらと共に丁重に行う故、全軍にそう伝えよ!」
「はっ!」
 傍らに居た若い男はそう返事をすると、そこを後にした。

 ──こうして、クレシーの戦いは幕を閉じた。
 その被害は、フランス側が約一万二千、対するイングランドはたった一五〇~二五〇と言われている。
 いくらイングランドの大勝であったとはいえ、これは少な過ぎるので、信憑性が薄いと言われているが。
 そのイングランド軍の兵士は、フランス軍の撤退後、身代金をとる為に敗残兵のチェックを行なった。その際、重傷者にはミゼリコルデ(慈悲の短剣)によってとどめをさしたという。
 一連のそういう行為が終わった後、イングランド軍はカレーにむかって行ったのだった──。
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