あの日、僕等は罪を穴に埋めた─secret summer─
≪0≫ プロローグ
シャベルを持つ手が微かに震える。それでも俺達は穴を掘らなくてはならない。それ以外の選択肢など〝ここ〟にはないのだから。


「準備はいいか?」


まるで自分達を監視しているかのような大きな月は、紅く不気味な光を放って頭上に堂々と鎮座し、身体中を這うねっとりとした空気も、無遠慮に集る羽虫も、何もかもが癇に障って仕方がなかった。


「なんで、こんな」
「っ、う、うぅ」
「……千秋(ちあき)、本当にやるの?」
「当たり前だろ!」


俺は一刻も早くこの場から逃げ出したかったのだと思う。


「掘るぞ」


温度のない声は早紀(さき)(あや)を戦慄かせ、(ひじり)幸次(こうじ)の身体を動かすには充分だった。勿論、自分自身を奮い立たせる意味でも。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、

今でもあの時の〝音〟が鼓膜に張り付いて離れてはくれない。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、

湿っぽい土の臭い、噴き出す大量の汗、遠くで聞える蛙の合唱。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、

何時間かかったことだろう。どれだけ掘ったのかさえ意識にはない。足は情けなく震え、温室育ちの薄い手の皮はずるりと剥けて血を滲ませる。でも、そんなことは大した問題じゃない。


「俺達だけの秘密だからな」


顔についた土と流れる汗をTシャツの端で拭いながら、俺は一人一人の目を見て念押しをした。〝共犯〟であると縛るために。


「絶対に、絶対だぞ!」


早紀、綾、聖、幸次、

――どさり。重みのある鈍い音と共に、深く、真っ暗な穴へと落ちていく大きな旅行バッグ。目を背きたかった。何も考えたくはなかった。でも、掘ったからには埋めなくてはならない。


「早く片して帰ろう」
「……千秋」


あまりにも残酷な言葉は宙に浮き、けれどもこの言葉が確かな切欠となって皆が動き出す。機械的に、規律を乱さない軍隊のように。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、





あの夏、俺達は罪を穴に埋めた。

決して赦されることのない過ちを犯した。何年経っても消えない罪の意識。纏わりつくあの日の映像と音声。それは俺だけではなく皆も同じのようで、五人が集まることはなくなった。自然と避けあうようになり、そのまま別々の道を歩んでいたけれど。

ある事件を耳にした時、自ずとあの日のメンバーが集まることとなる。それが、恐怖の始まりだとは知らずに。



 
 

あの日、僕等は罪を穴に埋めた
       ─secret summer─
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