イジワルな先輩との甘い事情


もう、足は震えていなくて……でも代わりに、固まってしまったように動かなかった。

どうすれば普通に歩けるんだっけ。
どうすれば呼吸できるんだっけ。

どうすれば……涙って止められるんだっけ。

やっとの思いで数歩歩いて……地面をぼんやりと映す視界に入り込んできた靴に、ゆっくりと顔を上げる。
私の目の前に立つ人物を見上げて、少しだけ驚いたけど、声は出せなかった。

何も言わずにぼんやりと見つめる私に、松田が微笑んで……そのまま抱き締めた。

「待っててよかった。さっさと帰ってたら柴崎ひとりで泣かせるとこだったもんな」

私を抱き締めたまま言う松田が、笑いながら続ける。

「園田には、少し待って様子見てから帰るって言ったら〝キモい〟って言われたけど、まぁ、園田にそう思われるくらいいいやと思って。
どうせ俺のジャンルって、園田の中では〝財布〟か〝合コン男〟とかだし」

ははって笑った松田がギュッと腕に力を込める。

「抱き締めて慰めんのがそんな男でごめんなー。でもさ、ひとりで泣くよりはちょっとはいいかと思ってさ」

いつも通りの軽い調子で話す松田に……なんだか気が抜けて涙が一気にこぼれた。

今はまだ日中で、人通りだって少しだけどある。
そんな中で抱き合っていたらきっと、おかしな目で見られちゃうのは頭のどこかで分かっていたけど……止められなかった。






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