落ちる恋あれば拾う恋だってある

「夏帆ちゃんが心配だったし」

「お仕事終わりで疲れてるのに……」

「いいよ。気にしないで」

椎名さんの穏やかな顔に救われる。
先ほどまでの怖い顔じゃないことに安心する。

「そういえば今日は社用車じゃないんですね」

車で駅まで来てくれると思っていたのにタクシーでここまで来た。

「ああ、さっき飯食ってたからね。酒飲んじゃったから車運転できなくて」

「すみません。邪魔しちゃって」

「大丈夫。あいつとはいつでも会えるから今日じゃなくてもいいんだ」

「誰かと食事ですか?」

「うん。会社のやつと」

悪いことをしてしまった。椎名さんには一時の感情で迷惑ばかりかけている。

「気にしなくていいって。泣きながら電話してくる女の子をほっとけないでしょ」

「はい……すみません……」

「それより夏帆ちゃんのキスマーク、横山さんに付けられたんでしょ?」

「はい……」

「なんでそんなに辛そうなの?」

「…………」

答えない私に椎名さんはそっと体を寄せる。

「無理矢理付けられたの?」

私は迷ってからこくりと頷いた。

「そっか……」

椎名さんは私の体を抱きしめた。

「もう大丈夫だよ」

優しい言葉に止まったと思った涙が頬を伝う。

「別れました……」

小さく呟いた。それを聞いた椎名さんは私の頭を撫でた。

「頑張ったね……」

椎名さんの胸に顔を寄せる。不思議とこの人の腕の中は落ち着く。

「私って、昔からうまくいかないんです」

家庭のこと、退学したこと、会社での人間関係、恋愛……。
今までの人生でうまくいってると感じたのは短い時間だけだった。

気づいたら私は椎名さんに全てを話していた。
早峰フーズに入社するまでの経緯、会社での辛い出来事、宇佐見さんのこと、修一さんとのこと。

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