落ちる恋あれば拾う恋だってある

「別に怒ってないよ。まあ夏帆ちゃんにとってはその程度の記憶だろうし」

椎名さんを見ると、怒っているわけでもなく悲しんでいる様子もない。だから私は困ってしまう。

「どこでお会いしましたか?」

「内緒」

「はい?」

「夏帆ちゃんが自分から思い出すまで教えない」

真顔の椎名さんに何と言葉を返していいのか分からない。

「夏帆ちゃんは今の仕事楽しい?」

「え?」

「俺は楽しいよ。君のお陰で。それがヒント」

椎名さんのことが理解できない。この人は一体何が言いたいのだろう。

「どういう意味ですか?」

「思い出したら分かるよ」

「あの……」

「着いたよ」

車は会社の前のロータリーで停まった。

「じゃ、作業終わったらデスクに寄るので確認お願いします」

「分かりました……ありがとうございました」

会話を続ける様子のない椎名さんから逃げるように車を降りた。

椎名さんのこと、先輩や彼氏さんなら何か知っているかもしれない。あとで聞いてみようかな……。





総務部用の小さい冷蔵庫からお弁当を出して食堂に入った。
もう空腹で気持ちが悪い。お使いに行かされたことを少しだけ恨んでしまう。

昼食の時間をとっくに過ぎているため、食堂にいる社員は数えるほどしかいない。壁際に置かれた電子レンジでお弁当を温め、空いているテーブルに座った。

はあ……今日締め日だし、定時で帰れるかな?

溜め息をついてあくびをしたとき「お疲れなんだね北川さん」と声をかけられた。いつの間にかすぐそばに横山さんが立っていた。

「ふあっ、お疲れ様です!」

開いた口に手を当てたまま横山さんの方を向いてしまい、あくびをした顔を見られてしまった。
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