どうぞ、ここで恋に落ちて

乃木さんは特に気にした様子もなくさらりと軽く、しかし有無を言わせない調子でそう言い切った。

彼が悪い人だとは思わないけど、意外と押しが強くて、私はいつもなんとなく及び腰になってしまう。


乃木さんって、誰にでもこんなふうに気軽に軟派な感じで接するのかな。

実は、来週の土曜日はすごく久しぶりの休日に出勤のない日なんだけど……。

やっぱりそれを彼にそのまま伝えるのは躊躇してしまった。

お客様を蔑ろにしたいわけではないけれど、だからこそ、その距離感の測り方には慎重になる。


私は咲さんがくれた休憩時間が遠のくのを感じながら、乃木さんにおすすめする本の候補をいくつか頭に思い浮かべる。

そしてふと、樋泉さんならどんなふうに女の人をデートに誘ったりするんだろうと考えて、その疑問を慌てて打ち消した。



* * *



その日の夜。

閉店作業を終えると、みんなにあいさつをしてからひとりで店を出た。

そして徒歩15分程度のアパートに向かって歩き出してすぐに、私は驚いて足を止めた。


3時間以上前に私のおすすめした本を買って帰ったはずの乃木さんが、店から少し離れたところに立っていたからだ。
< 20 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop