どうぞ、ここで恋に落ちて

彼はぽーっとしている母親にぺこりと会釈をすると、その場にしゃがみ込み、手を繋がれたままずっと黙っていた女の子と視線を合わせた。


「きみが応募してもらおうと思ったの、もしかしてコレかな?」


彼はそう言って、ビジネスバッグの中から携帯を取り出して掲げてみせる。


「それだよ! ユカちゃん、それが欲しかったの!」


するとさっきまで静かだった女の子が頬をパッと朱くして、携帯にぶら下がったキーホルダーを指差した。

雑誌の懸賞の応募者全員にプレゼントされる、人気アニメのキャラクターとコラボした可愛らしいキーホルダーだ。


「そっか。これ、同じ会社の友だちが忘れて置いていった携帯なんだけど……」


彼はメガネの奥の羨ましいくらいに長いまつ毛を伏せ、その頬に憂いを落とす。

斜め前にしゃがんだ彼はラウンドフォルムのサラサラした黒髪で、軽く横に流した前髪と頭のてっぺんのつむじが見えた。


「もし、どうしても欲しいなら、友だちにお願いしてみようか?」


彼が精悍な眉をとっても悲しそうに下げながら言うと、女の子はブンブンと勢い良く首を横に振り、彼に魅入って惚けているお母さんの手を強く引く。


「ユカちゃん、キーホルダーいらないよ! 小学生になったから、我慢するの」

「まあ! なんて優しい子なの!」


マダムは行儀よくできた娘に大満足の様子で、大袈裟に腕を広げてギュッと抱き寄せた。

おいおいお母さん、目がキラッキラしてますよ。
< 4 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop