大人の恋はナチュラルがいい。

 つまり、デートで可愛い彼女であるためには数日前からの準備が必須な訳で……。そんな極めて当然の事でさえも、私は前日の夜になるまで気がつかなかったのだ。というか1時間前まで5月の新作デザートメニューのことしか考えてなかった。抹茶のパルフェはどうだろう。

 窮地に陥ったとしか言いようの無い状況を打破するため、友人知人に片っ端から救いを求め連絡をするも『無理』とさじを投げるか爆笑される始末。しかし藁にも縋る思いで電話を掛けた8人目の相手、メイクアップアーティストとして働いている友人のマリナがチーズタルト2ホールと引き換えに救いの手を差し伸べてくれた。


 そしてデート当日の翌朝9時。ガッツリと商売道具を持参してきたマリナが私の部屋を訪れる。

「徹夜で荒れた女優の肌も、水分の枯渇してる初老の女優も、私の腕に掛かればあっと言う間に4Kテレビの画質に耐え得るまでにして見せるんだから」

 そんな凄まじく頼もしい台詞と共に彼女の手による『枯れ女回復大作戦』は始まった。ただし、彼女の仕事はエステティシャンと違い短時間で見た目を整える強硬手段をとる。しまらない毛穴はパテで埋める、リフトアップしないたるみは陰影でトリックアートする。更には、今日のデートで服を脱ぐ予定は無いか確認されると、背中から胸へ太腿から尻へグイグイとチタンテープが貼られナイススタイルに矯正されていく。

 そうしてマリナがテレビ局の衣装部から借りてきた服に着替え、仕上げにヘアとメイクを丁寧に施されれば。「お見事!」と言わずにはおれないぐらい様変わりした自分が鏡に映っていた。

 空気をわっさわっさ入れ込んだショートカットはふんわりガーリーなヘアに仕上がっている。顔が重くなるほど作られたメイクなのに、見た目はごくナチュラルかつ一点の粗も無い。アウトドアである事を考慮してコーディネイトされた服はライトピンクのスキニーパンツスタイル。スパルタな矯正のおかげで美尻が際立っている。子供っぽくならないようトップスはショルダーレースのぺプラムブラウスをチョイスする辺りがにくい。

 真昼の明るい空の下で繰り広げられるデートでも充分耐えられる容貌になった自分を見て心から安堵する。もしマリナの助けがなかったらと思うと背筋が凍りつく思いだ。
 
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