大人の恋はナチュラルがいい。

 推定4つ年下。このオフィス街のどこかで働く若人でうちのランチボックスを毎日買ってくれる常連さん。そして、爽やかで誠実そうで……可愛い。今現在、知り得る情報はこれだけなのだが、私はそこから首を縦に振るか横に振る判断しなくてはならない。

 数年間も枯れっぱなしだった女には難儀すぎる問題。彼が本当にイイ人なのか見抜く勘などとっくに錆付いていて判断できない。しかし、キッチンから固唾を飲んで見守っている理緒ちゃんが、向こうのテーブル席でチラ見からいつの間にかガン見に変わっていた女性客が、私に『頷け!!』と熱い視線を送っている。

 非常にデリカシーに関わる問題を堂々と閲覧されてる件についてはさておき、ここはひとつ女の勘が冴え渡ってそうな彼女達に頼ってみようではないか。

「しょ、食事ぐらいなら……」

 気弱に答えた私の声に、目の前の顔がパァッと晴れやかに輝いた。綻んだ口元があどけなさを増して一気に幼く見える。まるで無邪気な子供みたいに笑って見せた彼に、自分の胸が勝手にキュンと締め付けられたのが分かった。

「良かったぁ!ありがとうございます!あは、ヤバい、俺ホントに嬉しい」

 照れたように鼻を擦りながらギュッと目を細めて笑うその表情は本当に屈託がなくて、心底喜んでいることが伝わる。誰かのこんな笑顔を見たのは久しぶりだと気付くと、私も自然と目元がゆるんでいき、『笑顔っていいな』などと道徳じみた感慨に浸ってしまった。

 少し血色の良くなった頬で彼はもういっちょ私に笑顔を向けると、慌てたように鞄から名刺を取り出し、椅子からわざわざ立ち上がって私にそれを渡す。

「俺、坂巻太一(さかまき たいち)っていいます。これ、ラインIDとメアドと電話番号書いてあるんで、お仕事終わったら連絡下さい。待ってます」

 受け取った名刺には表面に彼のオフィシャルな情報が、裏面に手書きでプライベートな情報が記されていた。ボールペンで書かれた丁寧そうな文字が彼の性格を窺わせる。もしかして私に渡すために予め裏面も書いてきたのだろうか、ぬかりないな。
 
< 9 / 57 >

この作品をシェア

pagetop