卯月の恋
お兄さんじゃありません、と言おうとしてふと思う。
川崎さんは、じゃあ誰、と聞くだろうし、そしたら私はなんて答えたらいいんだろう。

お隣さんです?
でも、ただのお隣さんがあんなことするかな?
そういえば、玲音あの時、
「うちのすみれがすみません」
みたいなこと言わなかったっけ。
いや、うちの、とは言わなかったかもしれないし、もう少し丁寧に、「申し訳ありません」だったかもしれない。
でも…

すみれ、って言ってくれた、よね?

あの時、ちゃんと名前よんでくれた、よね…?



「すみれちゃん?」


川崎さんの呼び掛けに、へっ?と間抜けな声が出た。

川崎さんはくすくすと笑いながら、なに飲むの?と首をかしげ、私がラテです、と答えると、目の前のかわいらしい店員さんに、

「ラテ、ふたつ」

と注文する。


お店を出ながら、慌ててバッグから財布を出すと、川崎さんは笑いながら、いいよこれくらい、と手で制して、

「お、ギリギリ」

腕時計をちら、と見ると、エレベーターのボタンを押す。

いや、でも、と私がモゴモゴ言ってる間に、エレベーターは総務部のある21階につき、私は押し出されるようにエレベーターから降りてしまった。


川崎さんが、またねー、と言いながら手を振る。


温かいラテで両手を温めながら、お金もだけど、玲音がお兄さんだという誤解もとけなかったし、こないだ送ってもらったお礼も言ってないことに気づいた。


私はまったくなにをしてるんだ。
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