常務サマ。この恋、業務違反です
「そんな不経済なっ……! ホテル住まいするくらいなら、もっと都心近くに引っ越した方が……」


思わずそう叫んだ私の経済観念は間違ってないと思う。
なのに、高遠さんは表情も変えずにシレッと次の言葉を続けた。


「用賀にあるのは家族揃って日本に住んでいた時の実家。住む家があるのに勿体無いし、引っ越すのも手間だしね」

「いやいや……一ヵ月のホテル代、バカにならないじゃないですか。絶対に引っ越した方がいいですよ」


完全に経済観念が違う。
そう思って意味もなく溜め息をついた時、高遠さんはフッと笑って腕組みしたまま私をチラッと見遣った。


「俺の懐事情を心配してくれるの? それなら、平日はあんたの部屋に泊めてもらおうかな」

「えっ……」

「って言っても、週に三日あればいい方だけど」


どういう意味で言ってるんだろう。
それでも言葉を深読みしてドキッとして、私は返事出来ないまま俯いた。


「冗談だよ」


サラッと告げられたその言葉をしっかり耳で聞き止めて、一瞬にして身体から力が抜け落ちるのを感じた。


そんな平然と心臓に悪い冗談を言われても。
完全に翻弄されている自分を実感して、膝の上に置いた手をギュッと握り締めた。


「……そういうの、今までの秘書にも言ってたんですか……?」


悔し紛れに呟いた声は自分でも聞き取れないくらい小さく掠れていた。
それはどうやら高遠さんには聞こえなかったみたいで、それを幸い……と、私は今度こそ唇をキュッと閉じて黙り込んだ。


それから十分も経たずにタクシーは私のマンションの前に滑り込んだ。
お疲れ様でした、と一言だけ告げて、私は頭を下げた。


「お疲れ」

短い一言が返されて、タクシーのドアが閉まった。
高遠さんを乗せたタクシーが通りの角を曲がって見えなくなるまで、私はそのままの体勢で見送った。
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