常務サマ。この恋、業務違反です
本当にこの人は、なんて無防備な瞳をするんだろう。
仕事してる時の完璧な姿とはほとんど真逆。
オンオフのスイッチの切り替えが遅れると、私まで対処に困ってしまう。


「べ、別に本気で気分を害してる訳じゃ……」


心の動揺を見透かされる前に、私は高遠さんから顔を背けた。


私の不自然な行動にも、高遠さんは気にした様子もなく、そう?と短く呟く。
そして、そのまま足を踏み出して、総合受付を背にして地上への階段を昇って行く。


「さて。昼だから、社用車は待たせてないんだろ? 次が大手町なら、この辺でランチとって、そのまま直行するか」

「あ、はいっ!」


いきなり仕事モードに戻った高遠さんに一歩出遅れながら、私は慌ててその背を追った。


「何食べたい? これまでのお礼に、御馳走するよ」

「いえ、だから本当に、お礼とかいいんですって」


純粋に私がしたことを嬉しいって言ってくれる高遠さんの言葉を聞く度に、チクチクと胸が痛くなる。
だから、絶対に甘えてはいけない。これからどこにランチに行くにしても、絶対自分の分は自分で払わないと。


改めて心にそう刻み込んだ時、高遠さんは、欲がないな、と肩を竦めながら地上に足を踏み出した。
一歩遅れて私も通りに踏み出して……。


「……わああ」


地下からの出口の直ぐ前に、大きな桜の樹が植えられていた。
もうこの時期葉桜で、風に吹かれた花弁がヒラヒラと宙を舞っている。
高遠さんはその場に留まって、スーツのポケットに両手を突っ込んだ格好で、花弁を散らす桜を黙って見つめていた。
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