会社で恋しちゃダメですか?


終業後、他の社員に気づかれないように、地下鉄のホームで待ち合わせをした。


「何か食べる?」
山科が言うので、「わたしが作りましょうか」と提案した。


「池山さん、料理できるの?」
「一人暮らしですから、人並みには」
「楽しみだな」
山科がうれしそうに言う。


込み合った電車の中、山科がそっと園子の指先を握る。
園子も握り返す。


近くのスーパーで買い物をして、それからマンションへと向かった。隣に住むあおいと顔を合わせるんじゃないかとドキドキしたが、幸いなことに会わなかった。


エレベーターがゆっくり昇る。
山科の気配がぐっと近くに感じられて、園子は動揺している。


不安と緊張。
何度も、辛かった行為がフラッシュバックする。


たとえ辛くても、山科といられるなら、それでいい。そんな気持ちとともに、マンションの玄関に入った。


マンション独特の壁紙の香り。
山科が電気をつけると、リビングがほのかなオレンジ色に染まる。以前訪れたときはいずれも昼間だったので、少し違和感を感じた。


アイランドキッチンの上に、買い物袋を置くと、山科が後ろから腕を回してきた。


背中に感じる、彼の温度。
山科が、首筋に唇をつけ、耳の後ろへと這わせる。
ぞくぞくして、園子の口から思わず溜息に似た声が出た。


園子は目を閉じる。


今は、彼の側に、いたいから。
……いたいのに。
なぜ、逃げ出したくて、たまらないの?


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