会社で恋しちゃダメですか?
机のところにいる園子に気づいて、山科は「何?」と声に出す。
「お帰りなさい。電話のメモをおきました」
手が震えてしまう。
「忘れて」
山科の言葉が頭を巡った。
でもどうやって?
「外は、意外と暑いよ」
山科は先日のことを本当に忘れてしまったように、いつもと変わらない笑顔で園子に言う。
園子は山科の目を見られない。目を伏せて「そうですか」と一言返すばかりだ。園子は山科から逃げるように、一歩二歩と後ろに下がる。
「池山さん」
山科が呼び止める。
名前を呼ばれて、飛び上がった。「はいっ」声が裏返る。山科を見ると、今にも笑いそうな顔をしている。
「うしろ」
「え?」
「気をつけて。ぶつかるよ」
そう言われて慌てて振り向くと、後一歩で棚に激突するところだった。
「あ、すみません。ありがとうございます」
飛び跳ねるみたいに、頭を下げた。
顔を上げると、山科はまじめな顔で園子を見ている。
「本当に申し訳なかった。できればいつも通り接してほしいんだ」
念を押されてしまった。
意味を聞くこともできない。
園子が「はい」と頷くと、山科はほっとした顔をして、メモを手に取る。
そのとたん、顔が変わった。
「これ、いつ?」
「電話ですか? ついさっきです」
「そうか」
「折り返しのお電話を受けてはいけない相手でしたか?」
あまりにも驚いて難しい顔をしているので、園子は心配になった。
「いや、大丈夫だよ。連絡するから」
「はい」
園子は山科の様子をうかがいつつ、今度はちゃんと扉の位置を確認して、部屋を出る。
誰だろう。
園子はなんとなく胸がつかえて、席に戻ると慌ててお茶をのんだ。