会社で恋しちゃダメですか?


先日と変わらず、きれいなリビング。ソファのところに、経済新聞と眼鏡がおかれている。


「座って」
山科はその新聞と眼鏡をどけると、ソファに園子を座らせた。


「何のむ?」
「あの、お気遣いなく。すぐにおいとましますので」


心の中で警戒音が鳴る。長くいてはいけない。新しい記憶をつくってはいけない。


「お話って、なんでしょうか」
園子は身体を山科に向けて、背筋を伸ばした。


山科はとりつくしまのない園子の態度に、軽く溜息をつく。それから緑のラグが敷かれている床に、胡座をかいた。


「あのさ」
山科が言いかけると、そこに「ピンポーン」とチャイムがなった。
山科は開きかけた口を閉じて、玄関へと向かう。扉が開く音。外の空気が入ってくる気配。


「達也、これ、お裾分け。一緒に食べない?」
そう言う、女性の声がした。


「いや、今は……」
山科が何か言っているが、よく聞こえない。


達也。
下の名前で、呼ぶ女性。


園子はバッグのストラップをぎゅっと握りしめた。逃げなくちゃ。目の当たりにしたくない。隠れたいがそうも行かない。出て行きたいが、玄関に彼女がいる。ソファの上でもじもじとしていると、急にバタンとリビングの扉が開いた。


「あれ?! さっきの女の子。まだいたのね」
背の高い女性が、明るくそう言った。

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