残念御曹司の恋

「あの人、ただ者じゃないな。」

彼が去った後、修司がぽつりと呟いたのが可笑しくて、私は笑った。

「そうね。そのうち、何者か分かるよ。私のお兄さんになるかもしれないから。」
「何、それ。ちょっと楽しみになってきたじゃん。」

そう言って笑う修司は、もうすっかりいつもの屈託ない笑顔で、私は心底ほっとした。

「もう、マジで焦ったわ。あんな店から男と仲良さそうに出てくるから。」
「ごめん、ごめん。」

先ほどまでの修羅場もどきの真相について話しながら、二人並んで歩く。
どうやら、修司は銀座の高級クリニックに営業に来た帰りに、たまたま店から出てきた私を見かけたらしい。
「もう、今日はいいや」と、直帰を決めた彼と家へと帰ることにした。

「そういえば、さっき、熊澤さんに、何を耳打ちされてたの?」
「ああ、あれ?…秘密。」
「ふうん。ま、何でもいいけど。」
「お姉さん、戻ってくるといいな。」

あまり深く話していないのに、何となく事情を察する能力はすごいと思う。

「うん。きっと大丈夫だと思う。」

そう言って笑えば、彼に繋がれている左手をより強く握られた。

「そうやって、紫里はいつも笑ってろよ。そうすれば、少なくとも俺だけは幸せになれる。」

こうやって真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる修司を本当に愛おしく思う。

「じゃあ、幸せになりたければ、修司も笑ってて。」

私も、彼の手を強く握り返した。

好きな人には笑っていてほしい。
そのためは、まず自分が笑おう。
そして、まっすぐに気持ちを伝えよう。
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