残念御曹司の恋
「片桐ちゃん、店頭のポップ入れ替えお願いできる?」 
「はい、分かりました。新しいキャンペーンのですね。」

私は席を立ち、倉庫へと向かう。
先日届いたばかりの新しいポップとチラシを取りに行く。

ふと、廊下に掛けられた姿見に映る自分の制服姿が目に入り、ふふっと笑みが漏れた。

制服を着るのは、新卒で初めて支店に配属された年以来だから、五年ぶりだった。
翌年から制服が廃止されて、店舗でも私服での勤務になった。

だから、制服を着ている自分は見慣れない。
グレーのベストとお揃いのスカート、首元にえんじ色のリボンという、お世辞にも洒落ていると言い難い制服でも、どこか新鮮だ。
これを着るだけでここの一員になれたような気持ちがするというのもいい。
元来の真面目な性格も手伝って、制服をきっちり着こなすのは全く嫌ではなかった。


『じゃあ、銀行の制服着てもらおうかな。』

最後の夜に彼がベッドで言ったジョークを思い出す。

ふとしたことで、すぐに頭に浮かぶのは彼のことで。


まだまだ、時間が掛かりそう。


私はもう一度自嘲気味に笑うと、ポップを手に店内へと戻った。

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