極甘上司に愛されてます


「……そんなことがあったんだ」


話を聞きながら、てきぱきと施術の準備をしていた留美さんが、私の手を取ってまずは爪のケアを始める。


「誤解だ……って言葉を信じたいんです。本当は。でも、私、前に付き合っていた人に浮気されていて、それに全く気付かなかったってことがあって……」

「……信じることに臆病になっちゃってるんだね。わかるなぁそれ」

「留美さんも、そういう経験が……?」

「あるよー。しかも、まさに透吾と付き合ってる時」


美人で、手に職があって、じぶんにきちんと自信を持っていそうな留美さんでも、そんな風に思っちゃうことがあるんだ……

しかも、編集長と付き合っているときだなんて、その話、もっと詳しく聞きたいな。


「どんな状況だった……とか、聞いてもいいですか?」

「うん、もちろん。……本人からも聞いたことあるかもしれないけど、彼のご両親に会いに行ったとき、私、この仕事のこと認めてもらえなくてね……」

「あ……もしかして“専業主婦になれ”ってやつですか?」


本人の口からは聞いたことがないけれど、前に菊治さんのお見舞いに行ったとき、“可哀想な彼女”の話を聞かされた。

やっぱりそれって、留美さんのことだったんだ……


「そうそう。その時に、透吾は“親の言うことなんか気にしなくていい”“自分たちの好きにしよう”って、言葉でも態度でも示してくれたんだけど……私は信じきれなかったの」


菊治さんは、“親のいいなり”と言って怒っていたけれど、編集長は留美さんを守らなかったわけではなかったんだ。
そのことがわかって、少しほっとした。

視線を指に落とすと、基本的なケアが済んで、何も塗らなくても綺麗に整えられた私の十本の爪。

今度はそこに、ベースコートらしい透明なマニキュアが、留美さんの手によって小さな刷毛で塗られていく。


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