君を好きな理由
とりあえずお店について、暖簾を上げるとガラガラいわせながら戸を開く。

少し煤けた天井とは対称的に、ピカピカに磨かれたカウンター席と、すでにビール片手のおじさまたちで賑やかに埋まっているテーブル席。

魚の焼ける香ばしい匂いと、どことなく醤油の焦げる匂いをさせながら、調理場の奥から大将が顔を出した。

「久しぶりだね。カウンターでいいかい?」

「いいわよ。今日は早くから混んでるのね」

「金曜くらいはこうでなくちゃな」

空いているカウンターの奥の席に座り、引いてるかな……と、思いながら葛西さんを振り返ると、キョロキョロしながらどこかワクワクしていそうな視線と目が合った。

「赤提灯の店ですね、水瀬さん」

「ああ……うん。赤提灯……あったわね」

「初めて入ります。こんな感じなんですね」

素早く私の隣に座りながらも、まだキョロキョロしている。


なんだろう。


とても楽しそうだ。


「大丈夫?」

「何がですか?」

「かなり浮いてるけど」

さすがに下町居酒屋に、三つ揃いスーツはいない。

葛西さんはふっと笑うとジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めると、シャツの袖を捲りあげた。

「気になるならこれでいいでしょう? あ。お品書きを見せてもらっても?」

言われるままにお品書きを渡し、大将から差し出されたおしぼりとお水を受けとる。

「はるかちゃん。彼氏か彼氏ー」

「そんな隅っこでいちゃつくつもりかー?」

ゲラゲラ笑いながらの声に振り向くと、常連客のおじさん達にニヤニヤされていた。

吉田さんと、朝月さんのコンビ。


「違う違う。そんなんじゃないから」

「またまたー」

「正確には言い寄っている男と、断っている女性でしょうか?」

葛西さんが真面目に返して、一瞬キョトンとした吉田さん達が大爆笑し始めた。

「ちょ……っ。葛西さん! 何を真面目に返事してるの」

「間違いではないでしょう」

真面目な顔を返されて、思わず脱力する。

「そりゃ大変だ、兄ちゃん」

「デートじゃないなら、はるちゃんもそんなとこに座ってないで、こっちにくればいい」

おいでおいでする朝月さんの申し出にまた顔を合わせ、首を傾げた。


どうしようかな。

常連客の中でも、あの二人は“かなり”人懐っこいけど。


「水瀬さん……とても馴染んでらっしゃる?」

「まぁ、何もなければ、週に1度は来てますから」

「何事も郷に入っては郷に従えといいますから……」

そう言っている葛西さんは、やっぱりとても楽しそう。

まぁ、いいけどね。

「んじゃ、お邪魔しまーす」

おしぼりとお水コップを持って席を移動した。
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