アブラカタブラ!
「じゃ、あなた。行ってらっしゃい。お昼を食べたら帰ってきていいから」

 小馬鹿にされた気がしたわたしは、つい「閉園時間までいるさ」と口にしてしまった。
昨夜の嬉しそうな顔をした息子を思い出しては、そう言わざるを得なくなった。

「ボク。お父さんにもチュウをしてくれるか」
 妻に対抗して声をかけてみた。
「ボクちゃん。パパにもしてあげる?」
息子が大きく頷いて「うん!」と答えてくれたというのに、「でもだめね。パパはタバコ臭いものね」 と言う。

さらに、「タバコ臭いの、嫌いだもんね」 と付け足した。
「うん。たばこ、きらい!」
 妻の家来なのか、息子は。
いとも簡単に前言を翻す。まるでオーム返しだ。

〝男が一度口にしたことは、絶対守らなければいけないんだぞ〟

危うく出かかった言葉を、喉まで出かかった言葉を、すんでの所で呑み込んだ。
結婚前に約束したことを守っていないのだ。
なにを言われるか、分かったものではない。

 それにしても、妻とのキスはいつ終わったのか。
初めてのそれは、二度目のデートだった。
妻を送り届けたときだった。

車から降りようとする妻に軽く触れる程度のキスをした。
顔を真っ赤にして「バカ」と言い残して降りた。
そして次のデートからは、必ず別れのキスを繰り返した。
結婚の約束を取り交わした夜に、初めて熱いキスを、いやベーゼをした。

< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop