ジャンヌ・ダルクと女騎士

乙女、ルーアンへ

 その頃、そのラ・イールの敬愛するアルテュール・ド・リッシモンはというと、「元帥」の地位を再び剥奪され、戦にも関わるなと言われていた為、領内に戻っていた。
「ルーアン、か……。随分遠くに連れて行かれるのだな。それに、神学者まで引き連れて異端尋問とは、そんなに陛下が目障りなのか……」
 自分の屋敷の書斎でそう言うと、彼は分厚い手紙を机に置き、溜息をついた。
 その手紙は、見習い修道士となったヨウジイーー洗礼名ジェイコブからのもので、パリ大学の神学者達が、無記名でジャンヌを批判する文書をシャルル七世が戴冠する前に既に書いており、その中の六名をピエール・コーションが異端尋問の為に呼び寄せた、と書かれていた。
 パリ大学の神学者の中には、「ジャンヌの行動には、異端の片鱗さえ感じられない」と言った、ジャン・ジェルソンの様な者もいたのだが、パリ大学はブルゴーニュ派の支配下にあった為、その様な発言をした者は、大学から追われていた。
 その手紙を読んだアルテュールは、イギリス側は「一四二〇年トロワ協定により、イギリスのヘンリー六世こそが二『イギリスとフランス双方の王』であり、シャルルをランスで戴冠させたジャンヌは『異端』。従って、その戴冠は無効である」と世界に示そうとしているのだ、と分かったのだった。
「乙女が陛下の異父妹だと知れれば、益々乙女の始末にも躍起になるだろうな。あのラ・イールが救出を呼びかけてきているが、私は矢張り、だんまりを決めるか……。といって、放っておくのは気が引けるが、シモーヌは縁談があるしな……。どうしたものか……」
 アルテュールは走り書きにしか見えない、ラ・イールからの乙女救出に立ち上がって欲しいという手紙をチラリと見ながらそう呟くと、溜息をついた。
「最悪のことを考え、とりあえず打てる手だけはうっておくか……」
 彼はそう呟くと、大きな机の上のラ・イールの短くて、乱暴な字の手紙を手に取り、それを横に置いて、筆をとった。

「縁談……。いよいよお嬢様もご結婚なさるのか……」
 頭を剃り、修道士の格好をしたヨウジイこと、見習い修道士ジェイコブは、アルテュールからの手紙を受け取り、中を読むと、思わず小声でそう呟いた。
 その独り言が聞こえたのか、近くを歩いていた先輩修道士が露骨に顔をしかめた。
 それを見たジェイコブは、もう独り言など油断して呟かないよう、唇をギュッと噛み締めた。
 「縁談」や「結婚」という言葉が修道士に似つかわしくないというだけでなく、彼がアジア系ということもあり、風当たりが強かった。
 アルテュールの側近となる前、その政敵のラ・トレムイユに消されそうになった時も、白人の黄色人種への差別意識をひしひしと感じていたのだが、アルテュールの傍にいる間に忘れてしまっていた、とジェイコブは痛感していた。
 神よ……そういう存在が本当に居るというのなら、どうか、お嬢様をお守り下さい。せめて、幸せな結婚生活が送れますように……。
 修道士の格好をし、毎朝祈っている割には、それが彼にとって初めての心からの祈りだった。
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