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序章
 春の日差しが暖かく降り注ぐ街道を、旅人たちが歩いて行く。
 大抵の者は賑わいのある宿場町で休憩するが、幾人かは、そこより外れた峠の茶屋まで足を延ばす。

 ここ、一軒の小さな茶屋にも、何人かの旅人が腰を下ろしていた。

「それじゃあ、お紺(こん)ちゃん。また帰りにゃ寄るよ」

「あいよ。いつもありがとう。道中お気をつけて」

 行商人らしい男と言葉を交わしているのは、このような寂しいところには似つかわしくない、若い女子(おなご)だ。
 特に目を惹くほどの美人ではないが、笑うと出来るえくぼが印象的な、愛嬌ある娘だ。

 先程から娘をちらちらと、好色そうな目で見ている男もいる。
 常連らしい客を送り出した娘に、博徒崩れのような、柄の悪い男が近づいた。

「よぅ、あんた、いくらだ」

 男の言葉に、すっと娘の目が細められた。

「その辺の飯盛り女よりも、随分上玉だぜ。座敷は上かい?」

 馴れ馴れしく娘の腰に手を回し、男は店の奥に入ろうとする。
 だが、娘はその手を、ぺしっと叩いた。

「失礼なこと言ってんじゃないよ、このあんぽんたんが。女が欲しけりゃ、他当たりな」

 つん、とそっぽを向く。
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