まだ、心の準備できてません!
自分にツッコミを入れながら、ぬるいミルクティーをごくごくと飲み干した。大きく息を吐くと、身体から力も抜けていく。

すると、浅野さんはおもむろに腰を上げた。


「俺がさっき言ったこと忘れるなよ。講師の件」


あぁ、もうすっかり忘れてたよ……。

なんだかいろいろと疲れて、返事もせずだらりと座ったままでいると、視界にスーツが入り込む。

目の前に立った浅野さんは、上体を屈めて私の手に握られた空き缶に手を伸ばした。

それを取り上げられ、反射的に見上げた瞬間──。


「君が欲しいんだ、美玲」


甘い響きに、治まったはずの心臓が再び飛び跳ねる。

わずかに開く私の目に、大人の余裕を見せる笑みを焼き付け、彼は身を翻した。

自販機の横に置かれたごみ箱の方へ歩いていく姿を見ながら、ぽつりと呟く。


「デ、デジャヴュ……?」


夢で見たのと同じだ……なんか怖い。

いや、それ以上に怖いのは、彼の巧みな数々の言葉に惑わされてしまうこと。

私を仕事上でうまく使おうとしているだけのことなのに、彼の本心ではないかと、勘違いしそうになってしまうことだ。


ダメだよ、そんなことになったら思うツボなんだから。

あの人の腹の中はイカスミ詰まってんじゃないか、ってぐらい真っ黒だってわかってるでしょ美玲!

そう必死に言い聞かせ、私もバッグを握りしめて立ち上がった。




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