まだ、心の準備できてません!
「どうして騙してたんですか? 乗っ取られたらどうしようって、本気で心配したんですよ!? あなたに散々振り回されて、私達は──!」

「どうなった?」


ヒートアップしていた私だけど、浅野さんの冷静な一言で口をつぐんだ。


「ど、どうなった、って……」


憤りを静めて、浅野さんに乗っ取ると言われてから数ヶ月間の出来事を、しばし思い返してみる。


マシロを存続させるために、皆でとにかく出来ることはやろうとしたよね。

掃除をして店内を改装したら、少しずつだけどお客さんがまた来てくれるようになって。

棚卸しの方法を変えたら残業しなくて済むようになったし、周りに声を掛けたら新しい取引先が増えた。

私は講習会に通い始めて、テレビの取材でもそれをアピールすることが出来るくらいになって……


……あれ? いいことばっかりじゃない?

しかも、それらのほとんどは浅野さんに触発されて行ったこと。

そうだ、忘れていた。ずっと引っ掛かっていたじゃない。

どうして私達のためになるようなことを、いつもさりげなく言ってくるんだろうって。


「気付いたか?」


考え込んで無意識に下げていた目線を上げると、彼は力強さを秘めた瞳で、まっすぐ私を見つめている。


「俺は君達の大事な場所を奪いたかったわけじゃない。……助けたかったんだ」

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