月だけが見ていた


「あの、」


バタバタと忙しなく走り回る看護師に、我慢できず声をかけた。


「葉子…上原葉子の意識は」

「…まだ戻りません」


一瞬だけ眉間に皺を寄せ、看護師は首を振る。



「……」


俺はまたガックリと座り込んだ。

葉子が救急車で搬送された深夜の救急外来には、他の患者の姿は無く
待合室には俺一人だけだ。


「……顔」

「え?」

「顔、見てもいいですか」


落としたきりの視線を
上げる力も湧かなかった。


「…ご家族ですか」

「違います。でも」


喉の奥から絞り出した声は
自分でも驚くほど、か細かった。


「一番、大事な人なんです」
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